〈そうした経験によって培われた自信と達成感が、起業家精神に相通じるのかもしれない。(中略)IT関連のハイテク企業では枚挙に暇がない。8200部隊の出身者によって推定1000社以上が生み出されてきたと言われるのも不思議ではない〉
――『知立国家 イスラエル』第3章 世界最強 イスラエル軍の超エリート教育
私たちは辛らつな隣国に囲まれている
――そこまで自由で責任のある立場にいると、除隊後に大企業で勤め人になるのは馬鹿馬鹿しくなりませんか? それもイスラエルに起業家が多い一因ではないかと感じてしまいます。
ヨアブ 8200部隊も含めた軍隊は、あくまで「ルール」によって成り立っている組織ですから、その点では企業と変わりませんよ。ちなみにイスラエルでは、3年間の兵役を終えると、世界中を旅する若者が多い。規律正しい軍隊生活への反動といえるかもしれません。ただ、そもそもイスラエルには「大企業」なんてないんですよ(笑)。大企業に勤めている若いイスラエル人を見かける機会がないとしたら、それが一番の原因ではないでしょうか。
ニール 一人ひとりが立ち上がらなきゃいけないという、イスラエルという国特有の緊迫感もあると思います。第2次世界大戦が始まる前、世界中のユダヤ人の人口は約1600万人でした。ところが、現在は1400万人ほど。200万人も減っているのです。また、私たちは少しばかり辛らつな隣国に囲まれています。彼らと対峙する際、あらゆる分野で最低でも20年は先を行く必要があるのです。そこに予算が割かれますし、民間にとっても重要です。
――みなさん語学が堪能ですが、一般的なイスラエル人のティーンエイジャーは、ヘブライ語と英語のバイリンガルなのですか?
ニール おおむねそうですね。
アサフ 過半数は基本的な英会話ができると思います。
ニール みんな英語のテレビ番組を見て、英語圏のポップミュージックを聞いていますからね。
アサフ 日本では、映画もゲームも、すべて日本語版が出ますよね。ところが、イスラエルでは英語のまま入ってきます。大学で使われる教科書もほとんどが英語でした。日本の英語教育と期間的には大きな違いはないはずですが、英語に触れる機会が圧倒的に多い。
ニール ハイテク産業でいい仕事を見つけたければ、文書作成からミーティングまで、社内の業務はすべて英語で行う必要がありますからね。(世界的に有名な)ワイツマン科学研究所は15年前から英語のみになりましたし、テクニオン(イスラエル工科大学)でも30%の講義が英語で行われています。他の大学も追従しています。
ヨアブ 興味深いことに、陸軍ではメールは原則としてヘブライ語で書かれるんです。ところが、経済界ではイスラエル人同士も英語でやりとりをする。その理由は、それぞれの企業が将来的に「インターナショナル企業」になりたいと欲しているからです。
アサフ 日本はきわめて完結している社会制度ですからね。一方、イスラエルは、先ほどニールが言ったように建国当初から軍事的にも、経済的にも国際社会とのつながりが死活的に重要だったのです。だからこそ、英語に象徴される外国語でコミュニケーションを図れることが欠かせません。
――日本だと高校を卒業後に大学に進学するというのがスタンダードな進路ですが、兵役があるイスラエルでは、どのようになっていますか?
ヨアブ 男性だと3年間、女性だと2年弱の兵役期間があります。その後、仕事をしたり、旅をしてから、平均的には男性なら23歳ぐらいで大学に進みます。大学の入学審査は、高校時代の成績と、統一試験によって行われます。
――女性にも兵役が義務付けられているのですね。
ヨアブ そうですね。私がいた100人のクラスは、80人が女性でしたね。インテリジェンスや情報分析の部隊だったので、女性比率が高かったようです。実際にプログラミングを行う部隊は、もっと男性が多かったです。イスラエルの学校でも理数系が得意な女の子は珍しいんですね。もちろん、性別に関係なく才能ある人が任務に就くべきなのですし、トレンドとしては変わりつつあります。日本では理系分野の女性比率はどうでしょうね。
アサフ 男女平等を比較すると、日本の産業界は圧倒的に男性が多いですね。管理職に女性が就くケースはかなりレアだと言えます。受付やサービス業には多いですが。イスラエルでも男性優位の傾向はありますが、これまで働いた企業には必ず女性の上司がいましたし、陸軍時代にも部隊のトップは女性でしたよ。
写真=山元茂樹/文藝春秋
(「イスラエルのビジネスエリートが語る『日本の企業はここが残念』」に続く)