中日ドラゴンズ元監督・落合博満氏に密着取材した8年をもとに、名将の実像を『嫌われた監督』で書いた鈴木忠平氏。そして、NewsPicks創刊編集長などのニュースサイトを経て、2021年6月に経済人に役立つコンテンツサービス会社「PIVOT」を起業し、『起業のすすめ さよなら、サラリーマン』を刊行した佐々木紀彦氏。40歳前後に会社を辞めて独立した2人が、“起業”と“落合野球”の共通点について語った。(全2回の1回目。後編を読む)
「私」という視点で書く
佐々木 『嫌われた監督』で面白かったのは、「末席の記者」を自認されていた鈴木さんご自身が、落合監督と出会った影響で変わっていって、ついに独立してこの本を書く、という成長物語にもなっているところです。読んでいる途中から、鈴木さんのことが気になり始めましたよ。
鈴木 ありがとうございます(笑)。自分の変化を書くなら、どんなにダメだったか正直に書かないといけなかったし、そのほうが読者の方に共感していただける気がしました。僕は東海地区の高校野球を担当した新人時代、名門校の監督の名前を誤植したりして、デスクから「お前、そのうち記者でいられなくなるぞ」と呆れられていたんです。
佐々木 スポーツジャーナリズムの本でこういう感覚を味わったのは、沢木耕太郎さんや、金子達仁さんの『28年目のハーフタイム』以来でした。この書き方と演出のおかげで、2倍面白くなった気がします。
鈴木 「私」という視点は、最初は考えていませんでした。ただ、落合さんを描く上で視点人物になってもらった12人の方々は、すべて中日ドラゴンズの選手かフロントマンです。野球界以外の人間が落合さんと接したらどういう変化や葛藤があるのかを書くとき、読者の方が重ねて読めるのは自分のような立場なのかなと思ったんです。
佐々木 鈴木さんというプリズムを通じて、追体験ができます。いまの時代ってSNSもそうですけど、没入感がどれだけあるかが大事だと思います。
鈴木 SNSが出てきて、記者の裁量は狭くなりました。メディアがインタビューしなくても、選手自身が発信できるからです。だから余計に「私視点」というか、記者自身がどう感じたかが求められている気はします。