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 ある日、愛子さまが眠る「コット」(新生児用のベビーベッド)を指さされて、「このコットは私が使っていたものなのです。私自身は覚えてはいませんけどね」と少しお茶目な表情でお話しくださったことが思い起こされます。なんの変哲もないコットですが、質素でものを大事にする皇室の精神に触れたような気がするとともに、周囲の緊張を和らげるお心遣いをありがたく思いました。

 愛子さまは両陛下の慈しみのもと、健やかに成長され今月20歳を迎えられました。この節目にあたり、ご妊娠、ご出産という慶事に立ち会わせていただいた時のエピソードや、東宮職御用掛としてお側で感じたお二人のお人柄などをお話しさせていただきたいと思います。

2006年12月、雅子さまのお誕生日に際してのご近影 宮内庁提供

分娩予定日は誰にも伝えなかった

 私が就任した東宮職御用掛は、宮内庁が任用するもので、産婦人科医の御用掛としては小林隆東大教授、坂元正一東大教授についで3人目になります。東大産婦人科と皇室、宮内庁との関係は長く、私も非常勤医員として宮内庁病院に勤務の経験があり、教授というポジションにもあったため任用いただいたものと思われます。2001年3月に皇居宮殿にて上皇さま(当時の天皇陛下)より拝命いただいた時は緊張感もありましたが、清々しい宮殿の雰囲気の中で使命感が奮い立ってまいりました。

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 分娩予定日は妊娠が診断されれば、決定されます。陛下と雅子さまのお二人には当然ご報告申し上げました。ただ、公表については思うところがありました。過去のご妊娠で公表前に妊娠や分娩予定日が報道され、心を痛められたことが拝察されたからです。

凧あげをなさる愛子さま 宮内庁提供

「先生の場合も5000円でよろしいでしょうか」

 そこで万が一にも情報が洩れないように、予定日を誰にもお伝えしないことを決断しました。川口政行東宮侍医長に聞かれても、「両陛下にはご報告申し上げております」の一点張りです。誰よりもご出産を楽しみにされている川口先生ですから、当然のことながら機嫌を損ね、ついには口をきいていただけなくなりました。困り果ててご自宅までお詫びに参上し、私の気持ちをご理解頂きお許しを頂きました。頑固なことで知られる川口先生に「君も頑固だね」と言われたことが、今では懐かしく思い出されます。

 就任して間もなく、担当の方から給与について相談したいとお話をいただきました。東大教授は公務員ですが、兼業として大学に申請の上一定の給料を頂くことは問題なく、ありがたく頂戴することにいたしました。事務方がおっしゃるには、上皇后美智子さまがご出産の折には、小林教授に1日あたり5000円の謝金が支払われた記録があるとのこと。「先生の場合も前例に則って5000円でよろしいでしょうか」と尋ねられ、吉例を重んじてお受けいたしました。

後編に続く)

その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。