「伝統的家族観」に縛られて嫌でも遊女に
【質問7】嫌な仕事なのにどうして遊女になるの?
それは、女性は家族という観念に縛り付けられていたからでしょうね。当時は今よりも家族が日本人の考え方、行動の中心にありました。女性が遊女として売られることを承諾する気持ちには、親のため、家族のためなら仕方ないという思いがあったんです。そう考えるようにしつけられていたんですね。
家族の中で育って、大きくなって結婚して、また新しい家族を作る。家族の中にしか生きる場所がないのが当時の女性でした。でも男性も同じく家族に縛られていました。「〇〇家の長男はこうであらねばならない」と言われたり、職業も自由に選ぶことができなかったり。
皮肉なことに、遊廓はそういったしがらみからは自由な空間だったんです。お金さえあれば現実世界のしがらみを忘れることができる、それが、人々が遊廓に惹かれた理由の一つなのかもしれません。
【質問8】どうして遊郭はなくなったの?
遊女は日本文化を反映していた人たちなんだけれども、だんだんと庶民化していってしまいました。それは値段が安くなったのもありますが、文化の面がなくなっていってしまったんです。その上に外国の人から人権問題だと指摘されてしまいました。自分の意思ではなく半ば強制的に遊女をしなければならないことを、イギリス人の弁護士に「遊女は奴隷のようだ」と指摘されてしまったんです。そこで、当時の政府は芸娼妓解放令を出しました。
一部の遊女たちには借金が残っていましたが、帳消しにして家に帰ることができたの。料理屋の経営をした人もいたようです。女性たちは今と違って裁縫ができましたので、着物の洗い張り(クリーニング)も可能でした。
でもね、他に仕事が無い女性たちもたくさんいました。今よりも女性が就ける仕事は限られていましたから、どうしても売春して生きていかなければならない人がいたのです。その人たちのために遊廓は形だけ残ってしまい、だんだんと文化的な側面が失われていってしまったのです。
ただ、女性が男性よりも仕事の幅が狭いというのは現代も同じです。子どもたちにとってはまだまだ実感できないでしょうけれど、この点はしっかりわかってほしいなと思います。