遊女は「今でいうところの芸能人」
【質問1】遊女ってどんな人なの?
今でいうところの芸能人みたいなもの。浮世絵にも描かれるし、小説、落語にもよく登場しました。初期の遊女は踊りが出来て楽器も弾けて歌も上手い、庶民たちのあこがれ。そして、ただ有名なだけではなく、茶の湯、生け花、着物の着こなしといった日本文化の基礎を担っていた人たちでもあります。他にも和歌や俳諧も作れましたし、書も上手で素晴らしい文章を書けたと言われていますから、教養の高い人たちだとわかります。ただ、それだけではなく、性的なもてなしを強制されていたというのも重要。歌や踊りでお客さんをもてなしつつ、最後には性的なことをしなければならなかった。
【質問2】どうして強制されていたの?
「強制されていた」というのは、遊女が家族の借金を返すために働いているからです。家族、とくに親が生活に困って借金をして、その借金を返すために娘を遊廓に売るんです。もちろん、誰でも遊女になれたわけではありません。スカウトのような人が町に来て、見込みのある女の子を連れていったんです。こういった子たちは小さいころから色々なお稽古をして、遊女としての素養を磨いていきます。花魁という位の高い遊女になれるのは、こういった人たちでした。
夫のために遊女になった人もいた
他には夫のために遊女になった女性もいましたね。例えば、夫が病気だけれども薬を買うお金がない、となったときに遊女にならざるをえなかった。その場合、遊廓の中でもランクの低いお店で働くことになります。小さいころから修業してきた遊女と違って素養がありませんから、人気も出ないし、ランクを上げることもできません。大人になってから遊女になった女性にとって遊廓は、まさに落ちぶれていく場所だったのでしょう。
【質問3】遊女はすごい綺麗な着物を着ているけど、お金持ちだったの?
いいえ、きらびやかな格好をしていますが、遊女はほとんどお金を持っていません。お客さんは遊女に直接お金を払うことはありませんでしたから。遊んだ代金は遊女屋(妓楼)あるいは、茶屋という遊女屋とお客さんをつなぐお店に支払いました。遊女屋に入ったお金は遊女の着物やかんざし、履物、髪結いの代金になりました。さらに食費などの生活費を引いた残りで借金の返済をしなければいけない。その後に残ったのがお給料。遊女側に支払われるお金はほとんどなかったはずです。