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謝罪の言葉は一切なく、不倫を認めないA子さん

「A子さんとは亡くなった直後、数回話し合う場があったのですが、康平への謝罪の言葉は一切なく、最後まで不倫を認めてくれなかった。離婚調停をしていたのだから、籍を抜けばいいのですが『康平は私の家族ですから』って…。

 遺書には、遺産は子どもたちはもちろん康平の母にもわたるよう書かれていたのですが、母や妹はいまも1円たりともお金を貰えていない。遺産は配偶者であるA子さんが全て管理しているんです」(康平さんの親族)

逢引き場所の駐車場 ©文藝春秋 撮影:宮崎慎之輔

 とりわけ取材に応じた康平さんの母親や妹には恨み節を述べているという。

「母親と妹が康平の自宅を訪れて遺品を整理し、写真などの形見を持ち帰った際も『住居不法侵入だ』『窃盗だ』と弁護士経由で抗議がきた。A子は香月と不倫して出て行った人間で、遺族からしたらあそこは康平の家です。結局遺品は手放し、子どもたちの元に送ったようですが…」(前出)

康平さんが依頼していた調査会社の報告書より(遺族提供)
康平さんが依頼していた調査会社の報告書より(遺族提供)

男女の営みの声が入った音声を文字起こししていた康平さん

 不倫相手だった香月元市議の身の回りにも大きな変化があった。

「記事がでるなり、後援会の母体でもあった『自衛隊の家族会』の会長をはずされ、選挙の出馬を辞退しました。ただ、議員は辞職せず任期満了の6月までやり続けました。一時期は自宅に引きこもっていたのですが、夏頃には知人の農業を手伝い、収穫した農作物を周囲に配りながら『あれはハメられただけだから』と身の潔白を訴えていた。自宅には自衛隊出身の議員のポスターが貼られており、自民党とは今も懇意のようです。支援者のなかには『次の補選に出ればいい』と彼を担ごうとする人もいる」(地元住民)

千歳市議時代の香月正氏(香月氏のインスタグラムより)

 康平さんの妹は肩をおとす。

「不倫は音声データを聴けばあきらかです。男女の営みの声まではっきり聞こえます。これを兄が聞いて、(離婚訴訟のために)文字おこしをしていたと考えると無念でしかない。葬儀がおわって時間がたち、兄がいないことの寂しさをひしひしと感じます。兄が千歳で生きた証拠、形見は私たちの手元にはありません。写真や母が欲していた兄の母子手帳も貰えなかった。今でもA子さんに対する怒りはもちろんありますが、家庭を壊した香月さんは葬儀にも来なかった。兄の墓標でまずは謝ってほしい」

康平さんが集めた証拠の数々 ©文藝春秋 撮影:宮崎慎之輔

 取材班はA子さんに電話をかけたが、かつての番号はすでに不通になっていた。

 一方の香月氏は、記者とのやりとりは今回で3度目となるが、初めて不倫の事実を認めた。