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スペイン語の知識ゼロからホークスの通訳に…驚きの方法で「プロ野球界で働く」を叶えた男の物語

文春野球コラム ウィンターリーグ2022

2022/01/12
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 プロ野球に入団する――。

 おそらく幼少期にそんな夢を抱いた人も少なくないだろう。野球の才能に恵まれていれば選手としてそれを叶えられるかもしれないが、そんなのほんの一握りだ。

 だけど――プロ野球で働くこと、それは選手に限らない。プロ野球は様々な職種で成り立っている。最近ならば分析に長けたアナリストという仕事も重宝されてきている。

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 だけど――。

スペイン語ができなかった男がホークスの通訳になるまで

 どうすればプロ野球に入ることが出来るのか。裏方と呼ばれるスタッフにドラフト会議なんてない。その方法は様々なのだが、昨年まで4年間ホークスに在籍した金子真輝(ひかる)通訳の入団経緯がなかなか興味深かった。

 スペイン語を操る彼は主に投手を担当していた。在任中、最も長く一緒に過ごしたのはリバン・モイネロ。他にもホークス退団後は阪神で守護神を務めたロベルト・スアレス(今季から米大リーグ・パドレス)や昨年の韓国プロ野球MVPのアリエル・ミランダ(斗山ベアーズ)らも担当した。

モイネロと金子真輝通訳(金子氏提供)

 現在29歳の金子だが、彼が「プロ野球の通訳」を志したのは大学4年生になったばかりの頃。その当時を「じつはスペイン語なんてまったく出来なかった」と笑い飛ばす。

「もともと教員志望で、その中で子どもたちに野球を教えたいと考えていました」

 彼の父が中学教師で野球指導もしていた影響を受けた。ただ、金子にはその前にやりたいことがあった。

「教員になる前にNPBの世界を自分の目で見たかったんです。野球を極めた人たちが僕らから見えないところで何をして、何を考え、それがどんなレベルなのか。その知識を持ったうえで子どもたちに接する方がプラスになると考えたからです」

 ただ、それを叶えるには選手しか立ち入れないような、いわばプロ野球の最深部を覗けるポジションに就かなければならなかった。

「語学は得意ではなかったけど興味のある分野ではありました。通訳ならば、外国人選手のそばにずっとついていられる。選手同士の会話の中にも入っていけるし、首脳陣とのやり取りを直接耳にすることもできる。これだ!と思い立ちました」

サッカー大国のコスタリカで野球指導

 ただ、先述したようにスペイン語の語学力はゼロに等しいというよりも、まったくのゼロだった。かといって英語も学校で習ったレベルにすぎなかった。

「僕なりに考えたんです。英語を喋れる人間はかなりの数いますが、スペイン語はそれほど多くないはず。一方で当時のNPB在籍の外国人選手を調べてみると、英語圏とスペイン語圏の選手数ってほぼ半々だったんです。ならば、スペイン語で勝負した方が近道なのではと」

 ならば、どのようにしてスペイン語を習得するか。

 大学の先輩や友人らに相談してみると、ある時JICAの青年海外協力隊の中に「野球」という職種があることを知った。野球指導を通じて、競技普及や子どもたちの健全育成を促進するのだ。海外に行けば、生の語学に触れることが出来る。金子にとってこの上ない機会だ。

 スペイン語圏もいくつか募集国があった中で金子が第一希望にしたのが、中央アメリカ南部に位置するコスタリカだった。

「任期は約2年。たとえばブラジルとかだと、大きすぎて何かを成し遂げるのは難しい。コスタリカならば2年間という与えられた時間の中で成果を上げられるかもしれないと考えたからです。僕は運よく、たまたま第一希望だったコスタリカへ派遣されることになりました」

 コスタリカはカリブ海に面している。いわゆる中南米諸国といえばキューバやドミニカ共和国など野球の盛んな国がいくつもある。しかし、コスタリカはサッカー大国で、野球文化はそれほど根付いていないのだ。

「前任者の方もいて引継いだので、僕が何者なのかを受け入れてもらうのは早かったですが、野球に興味を持ってもらうのは大変でした」

 それでも在任期間中に近隣4か国と合同の野球セミナーを開催する大きなプロジェクトを成し遂げ、その中でスペイン語訳した野球教本を各国に配布するなど一定の成果を上げられた。そして語学もしっかりマスター。いよいよ「プロ野球に入る」夢の実現へ動き出す時が来た。

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