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 江口さんの取材に同席した妻・A子さんは、当時のことをこう振り返った。

「夫が急に連れて行かれたときに110番通報をしましたが、民間救急の人たちが事前に警察にも話をしていたようで、駆けつけた警察官も實さんを認知症だと決めつけていました。私は以前精神科で看護師として働いていたのですが、實さんにはまったく認知症の傾向はなかったんです。警察官にはそう話したのですが、『あなたでは診断できないでしょう』などと一蹴されてしまいました。

 どこかで入院させられていることは分かっていたのですが、数日が経過してやっと實さんの居場所が分かったんです。なんで縁もゆかりもない宇都宮の病院にいるのか理解できませんでしたが、連絡が来て少し安心しました」

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宇都宮病院 ©文藝春秋

 しかしながら、A子さんの考えは正しかった。

頭部MRIでも認知症テストでも《非認知症》

 訴訟提起に向けた裁判官立会のもとで行われた証拠保全で、江口さん側が入手した宇都宮病院に残っていたカルテなどには、江口さんが「認知症ではない」証拠が複数残っていたのだ。

 宇都宮病院は12月15日に江口さんの頭部MRIの検査を実施している。これについて18日に書かれたB子医師によるカルテには、《軽度委縮が存在する可能性がありますが、視覚的にはっきりしません》《明らかな異常は指摘できません》と記載されている。

MRIの検査結果について1月7日付けのカルテにも《萎縮あるが年齢相応》《非認知症と判断》などと書かれている。

 江口さんの退院直前、宇都宮病院の医師が江口さんのかかりつけ医に宛てた「診療情報提供書」には《精神科に入院しましたが、精神的には問題なく、家庭内の問題で、ほとんど強制的に入院させられてしまったようです》という記述もあった。

 また、入院から9日間が経った12月21日、江口さんは「長谷川式」と呼ばれる認知症の判断基準となるテストも受けている。長谷川式とは国内で普及する代表的な認知機能テストで、信頼性の高さから、現在では日本国内の多くの医療機関で採用されているものだ。 

長谷川式認知症テスト後に書かれたカルテ。《非認知症》との記述がある

 30点満点で複数の質問から構成されており、20点以下だった場合、認知症の疑いが高いとされる。質問はその日の年月日や本人の年齢を聞く単純なものから、「100から7を順番に引いて下さい」といった計算の問題もある。

 江口さんの結果は21点で、テストを担当したB子医師は《非認知症》と診断した。しかしその後も病院側は退院を認めず、江口さんの入院は長引いた。閉鎖病棟でしばらく過ごした後は、内科病棟へ移り、年末年始も病院で過ごすこととなった。

《非認知症》なのに薬を処方 副作用で体調不良に

 江口さんにとって、入院生活で最も辛かったのが処方された「薬」だったという。

「薬の影響で、徐々に体調がおかしくなっていったんです。気力がなくなっていくというか……。目が見えづらくなって、老眼鏡をかけても字が二重に見えてしまう。おかしいなあ、おかしいなあって。そのうち手も震え始めました。日記をつけていたのですが、字がどんどん汚くなっていっているんです。

 しまいには歩くのも大変になってしまってね、便座に座ると手すりにつかまらないと立てなくなりました。よだれが垂れるので手で何度もぬぐっていましたし、失禁もしてしまった。そもそも入院中に意識がはっきりしていないことがあって、よく覚えていない部分もあるのですが……。

 食事も変な匂いがして、薬が入っているのかもしれないと思って、あまり食べませんでした」