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「ストップをかけたのは警視庁のトップです」その日、捜査員も検事もみんないなくなった…伊藤詩織が“ブラックボックス”の片鱗に触れた日

『Black Box』より #1

2022/03/08

source : 文春文庫

genre : ニュース, 社会, 政治, メディア

note

「全然納得がいきません」

 後は、A氏はひたすら謝り、私が何を聞いても、「自分の力不足という事で勘弁して下さい」と言うだけだった。

「納得が出来ません」

 今まで私は、何度かA氏に、

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「そこまで捜査に口を出すなら自分でやってください、警察なんていらないでしょ?」

 と言われ、それからは警察に頼んだのだから、絶対的な信頼をして協力をしようという姿勢を見せてきた。そうしなければ、やる気を失われ、とり合ってもらえなくなると身をもって感じたからだ。

 しかし、ここまできたらもう、そんなことはどうでもよくなった。

「全然納得がいきません」

 と私が繰り返すと、A氏は「私もです」と言った。それでもA氏は、自分の目で山口氏を確認しようと、目の前を通過するところを見届けたという。

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 何をしても無駄なのだという無力感と、もう当局で信頼できる人はいないだろうという孤独感と恐怖。自分の小ささが悔しかった。今までの思い、疲れが吹き出るかのように涙が次から次へと流れ落ちた。

 よく聞くと、A氏は逮捕が止められた理由について、何も聞かされていないのだという。それでは新しく担当になる人も同じなのでは? と言うと、「そうだと思う」という返事だった。

 A氏はこの2ヶ月間、ものすごく多くの時間を割いてこの事件について調べ上げ、私の主張と上からのプレッシャーに挟まれながらも、最後まで頑張ってくれた。今さら誰が代わりになるというのだろう? また振り出しに戻り、新しい捜査員に同じ話を何度もすることになるのだろうか。