「文藝春秋」3月号より、フリージャーナリストの西田宗千佳氏による「ネットフリックス独り勝ちの理由」を一部公開します。
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日本市場への参入は2015年
アメリカ西海岸のサンフランシスコから車を南に走らせること1時間。山沿いにロスガトスという人口3万人の小さな街がある。
世界を牽引するハイテク企業がひしめくシリコンバレーのベッドタウンとして知られ、1年を通して穏やかな天気に恵まれる。緑に囲まれた高級住宅地が広がりとても静かで落ち着いた場所だ。そんな地に世界最大の映像配信会社は本社を構える。
Netflix(ネットフリックス)はインターネットを介して映像配信をおこなう会社だ。全世界の視聴者数は2.2億人、日本国内でも有料会員数は500万人以上。2020年の売上高は2兆5000億円を超える。世界各国に拠点を置き昨年は韓国発の『イカゲーム』が世界中で大ブームを巻き起こしたことは記憶に新しい。
日本市場に参入したのが2015年のこと。IT分野を中心に取材してきた私はその頃からネットフリックスを本格的に追いかけ、以来、アメリカ本社を5回訪ね同社幹部社員たちにインタビューを行ってきた。
本社のオフィスに行けば、ハリウッドの映画会社とは全く異なるタイプの会社であることに気づく。
まず、オフィスに入ると、入り口付近のショーケースの中に技術・工学エミー賞のトロフィーが飾られている。2014年にネット配信を世に広めた功績をたたえ表彰されたものだ。
社員は専用の机を持たず社内のどこで仕事をしても良い。役員クラスにも個室はない。ミーティングルーム、カフェテリア、外のベンチ……電源は至るところにあり、どこにいてもネットに接続できるように配線が張り巡らされている。
大きな自販機のようなボックスが各所にあり、中にはパソコン用のケーブルやバッテリー、ACアダプターなどの備品が陳列されている。値段のタグはついているものの、社員はタダで持ち出し可能だという。
「ネットフリックスは技術をひとつの柱とする会社」
グレッグ・ピーターズ最高執行責任者(COO)が私の取材にそう語ったことがある。
本社には約2000人のエンジニアと研究者が働くが(2018年時点)、これはアメリカのネットフリックスに勤める従業員の約半数にあたる。大前提として、ネットフリックスはテクノロジーの会社なのだ。