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 ちょうどそのころ、兄がオランダのレストランで働いており、そこを頼ってバイトさせてもらい金をためると、ベルギーやドイツなどへ足を延ばした。ベルギーではユースホステルで部屋が一緒になったスイス人の青年と親しくなる。滞在中、その青年がさりげなく機転を利かせたりする姿を見て、教えられることも多かったようだ(※5)。

 そんな出会いもあって、大阪という狭いところで悩んでいる自分が馬鹿らしくなってきたという。それでもさすがに新喜劇に戻ることはできないだろうと思って帰国すると、吉本から呼び出しがあり、明後日からまた仕事に出るよう言われ、無事に復帰できたのだった。

「マシュー南」としても活躍 『大草原の小さなマシュー』(アール・アンド・シー)

 やがて新喜劇から生まれた「体の一部がHOT! HOT!」と叫びながら踊るエキセントリックなキャラクターなどで注目され、1999年には東京に拠点を移す。以降、全国区の人気者となり、テレビやラジオのレギュラーを抱えながら俳優としてドラマや映画にも進出、歌手としても2000年のデビュー曲「ナンダカンダ」がヒットし、紅白歌合戦に出場も果たした。

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「本当はどんな仕事がしたいの?」

 各方面で活躍する藤井に、東野幸治があるとき、《藤井君って本当はどんな仕事がしたいの?》と訊いたことがあった。すると《書かれている台本、原稿を間違えずにちゃんと読みたいんです》との答えが返ってきて、東野は驚いたという。それというのも、言いたいことや考えたことを自分の言葉でしゃべりたい東野とはまるで考え方が違ったからだ(※3)。

 しかし、そんな藤井だからこそ、強烈な個性のキャラクターにも完璧になりきれるのだろう。2000年代に放送された音楽バラエティ『Matthew's Best Hit TV』では日英ハーフの金髪タレント・マシュー南に扮し、ゲストのミュージシャンなどと軽妙なトークを繰り広げた。そのなりきりぶりは、ほかのところでマシュー南に言及されても、あくまで自分とは別人として語るなど徹底していた。本来のフィールドである舞台でも、野田秀樹、宮本亞門、三谷幸喜など名だたる演出家の作品に出演、存在感を示している。

 ただ、どれだけ役になりきろうとも、周囲への気遣いは忘れない。ある舞台の本番中、相手役の俳優が手袋をステージに落としてしまったことがあった。そのあとは人が走り回る展開になっていたので、藤井はここに手袋が落ちていたら危ないと判断し、どのタイミングで拾えるか考えながら、最後に舞台をはけるときに拾い上げると、手袋の持ち主に、文句を言うセリフに合わせて投げつけるように返したという。相手からはあとで「藤井さんは爆弾処理班ね!」と褒められたとか(※6)。

長寿番組の司会に抜擢、納得の理由

 若手時代、新喜劇の先輩からは、舞台上でけがをしたりさせたりしないため、たとえテンションの高い役でも、けっしてカーッとならず冷静に、周りを見て芝居をするようにと指導されたという。彼のなかではその教えがいまだに生きているらしい。

『新婚さんいらっしゃい!』では役を演じるのではなく、あくまで藤井隆として素人夫婦とフリートークを展開することになる。しかし、気遣いのできる藤井のこと、ときにテンション高く振る舞ったとしても、きっと相手の心に寄り添いながらさりげなくエピソードを引き出してくれるに違いない。

※1 『SAY』2000年2月号
※2 『女性自身』2008年10月7日号
※3 東野幸治『この素晴らしき世界』(新潮社、2020年)
※4 『週刊文春』2004年2月12日号
※5 『週刊現代』2002年8月3日号
※6 『an・an』2021年8月11・18日号