背後に潜むハラスメントの影
読み進むうちに、私は「主人公が、戦後最大の買収事件に関与した原因があるとすれば、この夫と結婚したことだろう」と思った。男性読者ならこういう読み方はしないだろうが、私はオバさんなので、彼女の結婚生活にたいへん興味と疑問を持った。夫の河井克行氏の秘書に対するパワハラが凄い。だったら妻に対してもしているのではないか、と邪推したくなる。
本書には、夫側の言い分は書かれていないし、案里氏も夫婦生活の問題についてほとんど語っていないのだが、読み進むと違和感しか覚えない。私としては、著者にはこの部分をもっと突っ込んで欲しかったと思っている。
もしかしたら案里氏は、政治家の妻として議員の夫を支えつつ、自らも参議院議員に立候補し円満夫婦を演じながら、実際には夫婦間での複雑なハラスメントに苦しんでいたのではないか。彼女の立候補は夫によって仕組まれたもので、その背後には当時の自民党総裁の姿が見える。現総理が広島出身であることを考えれば、自民党内の勢力争いに才色兼備の妻が利用された、と読める。
彼女に欠けているものは何だったのか
河井克行氏は、常に夫人の案里氏を大切に扱い、なんでも言うことを聞いていたという周りの証言が本書には書かれているが、実際にはどうだったのだろうか。案里氏の両親の証言や、克行氏の実家の描写など、この本に描かれていることから推測するしかないのだが、そういう邪推も読書の楽しみだろう。
最初の疑問に戻る。
河井案里氏に欠けているものは何だったのか。
読者それぞれに答えは違うだろう。私は「ふつうの生活」ではないかと思った。他者から大切に思われること。かけがえのない存在として認められること。議員の妻や議員としてではなく、一人の女性として誰かと関わり愛されたかったのではないか。いま、小説を書いていると聞いたが、そのほうがきっと向いていると思う。
この対話は彼女にとってかけがえのない友人との時間のように読めた。案里氏は長期間のインタビューに答えていながら本書の出版に怒っていると聞いた。彼女の見当識からすれば「信頼関係を裏切られた」心地なのかもしれない。
自分が何を欲しており、何をしたいのか。人間の価値観は属する組織でいかようにも変わる。政治家の妻から離れた時、彼女の目にもう一度、意志と光が宿るのではないか。なんとも読後感のせつない作品だった。