濱口作品で立体的に描かれる女性像
非・村上的な要素、言い換えれば濱口的な要素も評価されている。たとえば、三浦透子演じる運転手、渡利みさきの存在。英国媒体ではあるが、notebookにおける監督インタビューでは、インタビュアーを務めた批評家が「村上作品の女性はマニックピクシーガール(男性を導くためだけに存在するような女性キャラ)になりがちだが、映画版のみさきは、これまでの濱口作品のように立体的で豊かな女性だった」と評している。
西島秀俊はニューヨークタイムズの年間ベスト俳優に選出
ニューヨーク・タイムズの年間ベスト俳優に選出された主演、西島秀俊の評価も高い。英米らしい反応としては、西島演じる家福悠介が「理想的な男らしさ」だと称賛されていることだ。家福は寡黙ながらきちんと意見を言う男で、著名な俳優兼演出家でありながら女遊びに関心がないし、若い女性や後輩男優に対してもニュートラルな態度をとる。
近年、米国では「トキシック・マスキュリニティ(当人をも蝕む有害な男らしさ)」への注目度が高く、今回のアカデミー賞の有力候補『パワー・オブ・ザ・ドッグ』も、性差別的で加虐的なカウボーイを通して同問題を扱っている。対して「安定していて誠実」と形容される家福は、日本とのコミュニケーションスタイルの差もあって、英米では新しいかたちの男性像のようにうつるのかもしれない。
米国ファンにとっての『ドライブ・マイ・カー』最大の魅力は「芸術の力」そのものかもしれない。濱口監督も謝辞を述べたように、アメリカにおいて、同作は「映画批評家たちが広めていった作品」だと語られている。その熱狂をあらわすのがアワード結果だ。
ゴールデングローブ賞や英国アカデミー賞では「非英語映画」対象カテゴリで受賞した一方、全米、ロサンゼルス、ニューヨークからなる三大批評家協会賞のすべてでは最高部門である作品賞を制している。Rotten Tomatoes批評家肯定スコアも、アカデミー作品賞候補作として最高の97%だ(2022年3月20日現在)。
韓国映画としてアカデミー作品賞に輝いた『パラサイト 半地下の家族』は、アメリカにおいて、若年のインターネットユーザーが考察やミームで盛り上がっていったポップカルチャー人気の側面があった(参照:【アカデミー賞4冠】“字幕を読まない”米国で『パラサイト』大ウケの2つの理由 | 文春オンライン)。『ドライブ・マイ・カー』の場合、どちらかというと批評家やシネフィルなど、コアなアートハウス映画ファンが中心とされる。