「大勢」って名字じゃないの?

「大勢くん、今日も最後に出てきて0点に抑えてたよ!」

 3月26日。所用を終え、帰宅すると、夕食の支度をしていた妻が開口一番、そう言った。巨人が中日を下した開幕第2戦をテレビ観戦していたらしい。

「ネット速報で見てたわ。新人投手で開幕から2戦連続セーブはプロ野球史上初らしいなぁ」

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「テレビでもそんなこと言ってた。新守護神とか言われてたよ、大勢くん。すごいよね、ルーキーでいきなり守護神って」

史上初、新人で開幕2戦連続セーブの大勢

 野球には疎いが、巨人の選手に対する関心度は比較的高めの妻。知り合いでもないのに、気になった若手選手は「くん」や「ちゃん」や「きゅん」付けでなれなれしく呼ぶ傾向がある。

「なんか独特の大物オーラがあるよね、大勢くん。巨人のドラフト1位というプレッシャーに負けなさそう」

「わかる。去年のドラフト会議後に話した時にそれ感じたわ」

「え? 仕事で大勢くんと話したことあるの?」

「大学時代に何度かあるよ。去年のドラフト会議後に関西国際大から巨人にドライチ指名されたピッチャーに会ってくるって言った記憶あるけどなぁ」

「なんとなく覚えてる。でも大勢っていう響きを耳にした記憶がない」

「あぁ、その時は名字の翁田(おうた)って言ったと思う」

「ん!? おうたは聞いたぞ? ちょっと待って、大勢って名字じゃないの?」

「名前やぞ。名前を登録名にしてるんやん」

 妻は「変わった名字だと思ってたんだよなぁ」と言いながら、勘違いしていた事実が恥ずかしくなったのか、少し顔を赤らめていた。

「それを言うなら、翁田(おうた)っていう名字が珍しいっちゅうねん。日本に100人くらいしかいないらしくて、大勢も親戚以外で会ったことがないらしい。大学野球の場内アナウンスでも『おきなた』って呼ばれたりするみたいで、変わった名字で得したことはないって言ってたわ」

「だから登録名を大勢にしたのかな。ねぇ、大勢くんに会った時の話、もっと聞かせてよ。抜粋でいいから」

 少々面倒くさかったが、妻のリクエストに応えるべく、昨秋のドラフト会議直後の記憶を辿った。目をまん丸にしながらドラフト指名を受けた際の心境を語ってくれた大勢が真っ先に浮かんだ。

 ジャイアンツからのドラフト1位指名は青天の霹靂(へきれき)だったという。

「いや、まさか、ドラフト1位で呼ばれるとは……。3位までに呼ばれたら上出来だなぁ、それ以下になってもなんとか引っかかってくれと思ってたので……。ひたすら『マジか⁉』って思ってました」

「自分は大学時代にヒジのケガで投げられない時期が長かったですし、誇れるような実績もない。自分の名前が載ったドラフト系の雑誌もほとんどなく、知名度もない。自分が野球ファンだったら『1位翁田!? ほかの順位で獲れたやろ⁉』って思ってそうです」