昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

牧秀悟がベイスターズと(私の)次男にもたらす「小さな成長」と「大きな変化」

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/03/25

「チーム全員が牧になってほしいと思うくらい」

 長嶋茂雄の持つ新人シーズン最多二塁打記録を更新した。連続打席二塁打のプロ野球記録も更新した。新人初のサイクルヒットも達成した。DeNA球団通算8000号本塁打も牧の手によってもたらされた。3割22本打って新人王に選ばれなかったことすら、何か偉大な記録のように感じた。

 ドラフト2位ルーキー牧秀悟。彼が新人特別賞を受賞したそのお祝い動画で、オースティンが言う。「彼の代わりはいない。最初からこのチームを背負って、毎日全力で試合に臨んでいました」「チーム全員が牧になってほしいと思うくらい」。最下位を喫したシーズンで、そのオースティンの言葉は現実を重く奏でていた。すごいルーキーがベイスターズに来てくれたという喜びと同じくらい、すごいルーキーにチームごと背負わせてしまったもどかしさもあった。

牧秀悟 ©文藝春秋

牧の活躍は、知らぬ間に次男に大きな影響をもたらしていた

「なんでもいいからとりあえず書けばいいのに」

 白紙のテストを前に、私は親としてあるまじきことをつぶやいた。小学校に入った次男は、毎回0点のテストを家に持って帰ってきた。テストだけじゃない、図工の絵も真っ白、作文も真っ白。次男はただしくしく泣くばかりだった。「ママは0点だから怒ってるんじゃないよ、何にもやろうとしないのが嫌なんだよ」。学校は楽しそうに通ってはいるし、放課後も友だちと遊んでいる。これはあれか、親への反抗だろうか。何も答えない次男にイライラし不安になり「どうしたらいいのよ……」と最後は私も一緒に泣く。そんな日々がしばらく続いた。

 小学校入学と同時にコロナで休校になり、なんだかよくわからないまま学校は再開して、自粛期間中べったりだった親と離れ、ロッテンマイヤー先生風のちょっとおっかない担任に萎縮して、彼のルーキーイヤーは確かに波瀾万丈だったと思う。コロナで主力の外国人選手が入国できず、パワフルスイング頼みのベイスターズもまた途方に暮れていた。梶谷が巨人へFAし、精神的支柱だったロペスも退団した。「若手はこれをチャンスだと思って」という声が聞こえてくる。いや、勝負の世界でそれは簡単に言える言葉じゃないと思った。プロ野球が勝つことを命題にしている限りは。「コロナで小学校のスタートは遅れちゃったけど、でも長い人生きっとこれが糧になる日が来るから」なんて、大人の後出しじゃんけんもいいところだ。白い答案を持ち帰る次男にも、開幕から恐ろしいスピードで連敗を重ねていくベイスターズにも、私はおろおろ泣くことしかできなかった。

 2年生になりロッテンマイヤー先生から解放されても、テストや作文は苦手なままだった。そして次男とハマスタに行っても勝利の花火は見られずじまいだった。「でもいいんだ、今日は牧のホームランが見れたから」暗い顔の私に次男はネロみたいなことを言い、私はパトラッシュのように落ち込んだ。

「ママ、ルーキーって何?」「ルーキーはね、まあ1年生みたいなもんだよ」「ええ!? 牧は1年生なのにホームラン打つのか、すげえ」

 レジェンド6年生だったロペスの後に背番号『2』を任された牧の活躍は、知らぬ間に次男に大きな影響をもたらしていた。「牧はヒット王だね」「牧はベンチでいっぱい応援しててえらいね」「牧はかわいいね」「牧はヒットの方向がきれいだね」……チーム全員が牧になったのかというくらい、彼は牧に夢中になっていた。知り合いからプレゼントされた牧の下敷きを枕の下に入れて寝ていた。おまじない雑誌『マイバースデイ』みたいなことまでやっていた。