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「あれは157キロじゃない」最高球速の下方修正を求める大勢

 とはいえ、大勢はドラフト会議を半月後に控えた9月19日に自己最速を4キロ更新する157キロをほっともっとフィールド神戸で計測していた。ドライチとして誇れる実績がない分、インパクトのある「最速157キロ右腕」という称号にはこだわっているはず。勝手にそう思い込んでいた。しかし、大勢は「あれは157キロじゃなく、155キロだと思っているので……」と訂正を求めてきた。野球ライターの仕事に就いて以来、世にすでに出回っている最速スピードを下方修正してきた投手は初めてだった。

「あの球場は少し高めに出るので……。あの1球、チームのスピードガンが155キロだったので、自分はそっちを信じています」

「でも、『最速157キロ右腕』と世に広まってしまってるじゃないですか」

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「そうですねぇ……」

「あえて低めに訂正する必要はないと思うのですが……」

「いやぁ……」

「気が進みませんか」

「じゃあ、世間では157キロと言われているが、翁田は155キロだと思っている、と書いてください」

「わかりました」

「でも157キロは、ゆくゆくは必ず出ると思っています。筋力面でもフォーム面でも自分はまだまだよくなれる余地があると思っているので……。お世話になっているトレーナーからもまだまだ成長の余地があると言われているので……」

「今、スピードの目標値はあるのですか?」

「今の目標は160キロです」

(どうせいずれ出る数字なんだから、背伸びするような思いをしてまで157キロに固執する必要性を感じていないということか……。なんかすごいな……。スケールでかいな)

 別れ際、「自分の中で投手としての伸びしろはどのくらい残っている感覚がありますか?」と尋ねてみた。

 翁田大勢は5秒ほど黙った後、言った。

「7割くらいです」

「7割……⁉ 残ってる方が7割!? つまりまだ3割くらいしか埋まっていない感覚?」

「そうです。3割しか埋まっていないのに、1位で評価してくれたことに一番驚きました」

「そ、そこ……⁉ まだ3割しか埋まっていない自分をよくぞ1位で指名したなと?」

「そうです」

 とてつもないワクワク感に包まれながら帰途に就いたことをよく覚えている。

 うなずきながら大勢回想話を聞いていた妻は興奮気味に言った。

「開幕戦でいきなり158キロ出してたやん! すでに157キロが通過点になってしまってる! なんかワクワクする!」

 この原稿が載る頃には、早速プロの厳しさを味わっているかもしれないが、それもきっと大成に至る途中経過のはず。

 大らかな温かい目でワクワクしながら翁田大勢の歩みを目撃していきたい。

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