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不肖・宮嶋、南極潜入!〜「南極観測隊」に同行した5カ月の記録

宮嶋茂樹作品展「南極観測隊」のお知らせ

 数々のスクープ写真で知られる報道カメラマンの“不肖・宮嶋”こと宮嶋茂樹さん(60)。これまでにイラク、北朝鮮、アフガニスタン、コソボなど数多くの海外取材を経験し、現在は“最後の戦場取材”と称し、ロシアの軍事侵攻に揺れるウクライナで取材中だ。

 そんな折、2022年3月29日(火)から4月24日(日)まで、宮嶋茂樹作品展「南極観測隊」が開催される。「週刊文春」から派遣され、史上初めて雑誌カメラマンが南極観測隊と行動を共にした、極寒の地の記録である。

 本人は作品展オープン日に間に合うか、微妙なところではあるが、多くの人に写真を見てほしいということで、見どころ解説を寄せてくれた。

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 お待たせした。不肖・宮嶋ひっさしぶりのモノクロプリントによる「作品展」である。テーマは南極観測隊。そや、時は四半世紀前の1996年から1997年までの年をまたいで5カ月間に渡る。

 所は南極に向かう南極観測船、正確には海上自衛隊砕氷艦「しらせ」艦内から、南極大陸内陸部に1000キロ、標高4000メートルに位置する「ドームふじ基地」まで。第38次南極観測隊、「報道オブザーバー」として、観測隊に同行し取材した記録である。

南極観測船 “しらせ ”は文字通り砕氷艦(アイスブレーカー)。艦体を前後上下に揺らしながら、氷海をブチ破りながら進むため、わざと揺れやすい構造となっている。当然燃料を大量に食うし、艦内にはギーギーという不気味な艦体と氷海との摩擦音が轟き渡る。©宮嶋茂樹

 タロ、ジロの奇跡の時の観測空白期間を含め南極観測40年(当時)の歴史上初の雑誌カメラマンが南極観測隊に迎えいれられたのである。で、結局不肖・宮嶋が最後の雑誌カメラマンでもある。今のところはやが。その理由は作品を御覧になってから推察していただきたい。

「しらせ」に乗ったらただで南極行けるんちゃうの

 そもそもなんでこないに壮大な取材を一週刊誌カメラマンに認められたかというと、これまたお恥ずかしい。この不肖・宮嶋ほど不純な動機で南極大陸に上陸した者はおらん。きっかけは「週刊文春」のドケチデスクのこれまた下心丸出しの思い付きであった。「しらせ」に乗ったらただで南極行けるんちゃうの、ついでに艦内に開設されている臨時郵便局のスタンプも集めたら帰国してからも高く売れるはずと皮算用したからである。

 そんなドケチデスクや不肖・宮嶋の思惑に反し、南極大陸では想像を絶する苦難を味わうはめになる。「報道オブザーバー」とは名ばかり、大陸上陸したとたん、犬ぞり引っ張らされ、一日中荷役作業、雪上車の運転から整備まで、もう何でもやらされ、単なる労働力の一つやったのである。それで頭上には太陽出ずっぱり、周りは雪ばかり、白黒フィルムで何撮ればいいのか途方にくれた。

どこまでつづくサスツルギ帯。まるで巨大おろしがねの上を走っているようなものである。これは典型的なドルフィン・フィン(イルカのヒレ)状。きれいだと喜ぶどころか、乗り越える度にソリを傷め、雪上車の「キャタピラ」のボルト折れやオイル漏れを引き起こす。一日2回の車両整備は雪上車の下に潜り込み、車両の下にこびりついた氷塊をたたき割りながら、キャタピラのボルトを交換する。2時間以上かけて。おかげで雪上車の操縦どころか、整備まで完璧にできるようになった。ちなみに南極では南極条約により法律はないが、“しらせ ”の帖佐艦長が、南極限定運転免許を発行してくれる©宮嶋茂樹

 そんな5カ月間に撮られた作品やが、このデジカメいやスマフォ全盛の21世紀に全65点すべて白黒ネガフィルムからの銀塩プリントである。写真は本来パソコンのせっまいモニターやペラペラのそのへんの紙にインクジェットにさらっと印刷されたもんで見るもんやない。役者は舞台、音楽家はステージ、アスリートはグラウンドが最高の表現の場であるように写真家にとってはギャラリーでの展示作品が最高のクオリティーであるはずである。

 て言うか、不肖・宮嶋普段の言動から写真界からは「一発狙い屋」やの「邪道」「外道」扱い、世間様からもコミック・カメラマンやの「反動右翼」やのとんでもない目で見られてきたのである。ここいらで一発、芸術学の学位を持つ本格派写真家ということも知らしめとかんといかんやろ。

南極大陸内陸部1,000キロ、標高4,000メートルにある“ドームふじ基地。地下深くまで掘られた坑内は天然の食料庫も兼ねた血液冷凍庫にもなっていた。年間通し零下60 度のため吐く息はたちまち凍り視界が効かなくなる。 ” ©宮嶋茂樹

 というわけで入場無料、遠方からお越しの皆さんにも決して交通費が高いと思わせん自信もあるで。

 なお会場には週刊文春編集部から預かっており南極大陸でガビーンとおっ立てた日の丸の寄せ書き、深海観測でついでに沈めたカップにドケチデスクの命を受け収集した「しらせ」艦内臨時郵便局に「昭和基地分室」さらに全寄港地の郵便スタンプが押印された、もう金券ショップに持ち込んだらなんぼ値が付くのかも想像できん激レア色紙なども展示されており、そちらの業界関係者にも喜んでいただけるも請け合いである。

【プロフィール】
宮嶋 茂樹 (みやじま・しげき)

1961年、兵庫県生まれ。1984年、日本大学藝術学部写真学科を卒業。同年、講談社の写真週刊誌『フライデー』専属カメラマンとなる。1987年にフリーランスとなり、1996年に東京拘置所収監中の麻原彰晃を撮影するなどのスクープにより、第3回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム大賞を受賞。日本国内はもとよりイラク、北朝鮮、アフガニスタン、コソボなど世界各地で精力的に取材を敢行し、雑誌媒体で活躍中。第4回(2009年)日藝賞受賞。2015年より日本大学客員教授。

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【作品展のご案内】

タイトル

宮嶋茂樹作品展 「南極観測隊」
https://www.jcii-cameramuseum.jp/photosalon/2022/02/17/31260/

開催期間

2022年3月29日(火)~4月24日(日)

開館時間

10:00~17:00

※毎週月曜日は休館(祝・祭日の場合は開館)

入館料

無料

S-16にて。S-61ヘリは積み荷を降ろすと、次の荷を運びこむため、速やかに “しらせ ”に戻っていく。残された荷を燃料、食料、資材等に仕分け、それらを人力で大陸移動用のソリに積みかえる。2週間休みなしで。ここが一番つらかった。南極の夏というか昼は長いとは言え、“しらせ ”が帰路につく日時はすでに決められている。それでも思う。110年前、わずか200トンの木造船でこの大陸にやって来て上陸した白瀬中尉の強さを。66年前、経験もノウハウもなく戦後初めてやってきてすぐに越冬した1次隊の苦労を。©宮嶋茂樹

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