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原点は“おじいちゃん”とのキャッチボール

 突然の支配下登録解除から、むしろ右肩上がりに田上投手は急成長を遂げている気がする。この悔しさは確実に彼の原動力になっていた。昨年11月25日、田上投手は今季の支配下契約を締結しない旨を球団から通達された。その日まで行われた秋季キャンプでも首脳陣に高く評価され、成長を認められていた選手の一人だっただけに、非常に驚きの知らせだった。突然の通達に田上投手も一時は落ち込んでしまった。周囲からも「大丈夫か?」と声を掛けられるなど気遣われ、心配された。それでも、前向きな性格の田上投手はすぐに気持ちを切り替えた。「いろんな人が応援してくれている。頑張ろうと思いました」と屈託のない笑顔で前だけを見つめた。

 オフに実家に帰った際は、家族ともいろんな話をした。そこで出た答えも「育成になっても去年とやることは変わらない」ということだった。高卒1年目を終えた段階での非常通告にもっとショックを受けてもおかしくないはずなのに、田上投手はとても清々しく燃えていた。何って純粋で芯の強い青年なんだと心が洗われ、こちらの方が泣きそうになった。

 育成契約となった背景には、投手歴の浅さがあった。履正社高校時代は主に外野手としてプレーしていた。ポテンシャルの高さを評価されて投手歴半年でのプロ入りとなったのだが、枠の問題もあり、即戦力ではなくじっくり育てていきたいという球団の方針で育成契約に……という流れだった。しかし、その判断をなされた昨秋から、田上投手は大きく成長中で、小久保監督に「すぐ支配下になって上で活躍できるような力がある」とまで言わしめた。積み重ねてきた努力と伸びしろがハンパないのだ。

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 遡ること2年ほど前。高校3年の5月に野球部の練習で「ピッチャーの練習をさせて下さい」と直訴したのがすべての始まりだ。キッカケをくれたのは田上投手の祖父・則一さんだった。

「おじいちゃんがピッチャーをやれと言ってくれたんです」

 その“おじいちゃん”とは、田上投手の叔父で元ホークス・田上秀則さんの父にあたる。小さい頃から一番の練習相手だった祖父・則一さんは奏大少年の投手としての可能性を早くから感じており、プロを目指すにあたり、投手挑戦を勧めたそうだ。そして、田上投手もおじいちゃんの言葉を信じ、投手挑戦に至った。

 投手歴わずか半年の田上投手の能力を評価し、見つけ出したホークスのスカウトも当然凄いのだが、則一さんこそが孫の一番のスカウトだった。家の裏には則一さんが作ってくれたマウンドがあるという。成長著しい奏大少年の球を受け、骨折してしまった経験もあるという則一さん。自宅裏のマウンドと“おじいちゃん”とのキャッチボールは田上投手の原点ともいえるだろう。

 そんな祖父も、孫・奏大の“開幕投手”を見届けに大阪から筑後へと足を運んだ。試合後、嬉しそうに話をする“孫とおじいちゃん”の姿があった。「監督、コーチに感謝しろよ」「楽しんで頑張れ」そうエールを送ったという則一さん。投手挑戦を勧めたことについて尋ねると、「俺がおらんやったら、奏大プロ行ってへんで」と笑い飛ばした。

開幕戦の応援に来た祖父・則一さんと則一さんの妹さんと記念撮影 ©上杉あずさ
入寮時も共に筑後へ足を運んだ則一さんと奏大投手(田上投手提供)

 悔しさを乗り越えて、たくさんの人に応援され、支えられ、田上投手は持てるポテンシャル以上のものがこれからもっともっともっと溢れ出てきそうだ。自分ではまだそんなレベルじゃないと思っていたというが、「来年1軍で投げるくらいの気持ちで頑張れ」と首脳陣に激励された昨秋。育成で再スタートした今季は、早くも結果を残しながら高い評価を受けている。順調すぎるほど着実に進化を遂げているのだ。

 プロ入り1年でたどり着いた現在地――。立場は支配下から育成へと変わったが、確実に昨年よりも目指すべき舞台に近づいている。2022年シーズンは、V奪還を目指すホークスの逆襲と『田上奏大の下克上物語』から目が離せなくなりそうだ。

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