昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2022/04/06

負けん気の強い田中少年をその気にさせた母の愛ある叱咤激励

 今年で33歳。もう人生の半分近くをプロの世界で過ごしている。田中は、しみじみとこれまでを振り返った。

「野球がない人生は想像できないですよね。かといって僕は根気があるほうではないんです(笑)。なにをやらせても三日坊主なのに、不思議と野球だけはつづいている。どうしてなんでしょうかね……」

 そう言うと田中は宙を睨み、しばし考えを巡らせる。そして、つぶやいた。

「子どものときから甲子園に出たい、プロ野球選手になりたいって思いで、ずっと夢を追いかけてきた感じなんですよね……」

 愛知県新城市出身。ニックネームが『田舎』になるほど、幼いころは風光明媚な場所で育ってきた。田中は2013年に母親を亡くしているのだが、お母さんは、そんな息子の夢を「がんばれ、がんばれ!」と言い、背中を押してくれていたのだろうか。

「いや、お母さんは『がんばれ!』と言うよりも『辞めたかったら辞めればいい』というタイプでしたね。小学生のとき強いチームと試合することがあって、家に帰って『勝てるわけないよ~』って愚痴っていたら『そんな気持ちでやっているのなら野球辞めちゃいな!』って言われたんです。その言葉を聞いたとき、見返したい、勝ちたいなって思えたんですよ」

 母の愛ある叱咤激励は、負けん気の強い田中少年をその気にさせた。いくら強敵であっても諦めなければ、やれないことはない。

 現在もマウンド上で見せる勇ましく好戦的な顔つき。ファンからは愛情をもって「オラついている」と言われ、田中のマウンドさばきは非常に心強いものとして映っている。果たして田中は、マウンド上で一体なにを考えているのだろうか。

「じつはブルペンにいるときは、めちゃくちゃ不安なんですよ。もしかしたら打たれるんじゃないかって……」

 意外な答えだった。だがブルペンの電話が鳴りコーチから「健二朗、行くぞ!」と声が掛かると、まわりの景色はガラリと一変する。

「不思議なもんでリリーフカーに乗ると、もうそんなことまったく思っていないんですよ。完全に無心になっている。マウンドに上がったらやることはただひとつ。すごく集中できているから、そのとき自分ではなにを考えているとかよくわからないんです」

 マウンドはある意味、孤高の場であり、極限の世界だ。だからこそ田中を魅了してやまないし、なにものにも代え難い絶対に戻らなければいけない場所だった。

 すでにベテランの領域。田中は今後どんな野球人生をイメージしているのだろうか。

「できるかは別として、漠然と40歳ぐらいまではやりたいなって思っているんです。執拗にしがみつくこともしたくはないけど、かといって、いやまだできるでしょって感じで終わるのもどうかと思うんです。投げたい気持ちがあるかぎりは、やらなきゃダメですよね」

 TJ手術をしたのは30歳になる直前だった。大きなリスクを背負っても新しい相棒(靭帯)と歩むことを決断し、以前とは違う自分となりチームに戻ってきた。まだまだ投げ足りない。田中の飢えは満たされることはない。

 ひたすらに夢を追いかけてきた野球人生。甲子園で優勝しプロ野球選手にもなれた。だが、ひとつだけ達成できていないことがある。

「ええ、このチームで優勝すること。それだけは本当に実現したいですよね」

 静かな口調だが、熱のこもった言葉。言うまでもなく、そのためには田中の力が必要だ。

 さて2022年シーズン「田中健二朗の魅力は何でしょう?」と、尋ねるとニヤリと笑った。

「うーん、やっぱ『オラオラ!』っすかねえ」

 極限の集中力。ピンチの場面で颯爽とマウンドに登場し、無の境地で堂々立ち振る舞い、相手に向かって行く田中の姿を何度目撃することができるのか、これからが楽しみだ。

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ペナントレース2022」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト http://bunshun.jp/articles/53187 でHITボタンを押してください。

この記事の写真(1枚)

HIT!

この記事を応援したい方は上のボールをクリック。詳細はこちらから。

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春野球をフォロー
z