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「俺しか見てない選手を取るんだよ」最後までスカウトであり続けた今成泰章さんの記憶

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/04/08

 野球ファンの皆さん、あけましておめでとうございます。今季も文春ファイターズに契約してもらえた今井豊蔵と申します。昨季はルーキーながらパ・リーグ首位打者という望外な賞を頂き、メジャーどころから目を背けた原稿ばかり出している身には、少しばかり自信となりました。今季の日本ハムは、登録名まで「BIGBOSS」に変えてしまった新庄剛志監督が発信する話題が豊富。ただ文春ファイターズにはえのきど監督はじめ、斉藤こずゑさん、青空百景さんと素晴らしいライターが揃っています。当方は変わらず、パ・リーグの風景の些細な部分を記していきますので、お付き合い頂けますと幸いです。あとよろしければ、HITの方も……。

 球春を迎えて早々に、悲しい出来事があった。何度記事を読んでも、すぐには理解できなかった。

 3月3日の午後だ。ある訃報を目にした。「日本ハムは3日、今成泰章スカウトが劇症型溶血性レンサ球菌感染症のため、埼玉県朝霞市内の病院で3月2日午後8時35分に死去したと発表した」。まさか……と言葉も出なかった。つい2週間ほど前、沖縄県名護市のキャンプに元気な姿を見せていたからだ。

今成泰章スカウト

 まだ66歳。球場ではいつもソフト帽に強面のド迫力だった。大きな瞳に、眼光鋭い姿はいかにも「目利き」が求められるスカウトらしかった。狙った選手は逃さないところから、ついた異名が「マムシ」だ。プロ野球選手としての経験はない。1978年、駒大から阪神に新卒スカウトとして入団、チーフスカウトまで務めた。80~90年代、東都大学リーグから阪神入りした選手はほぼ、今成さんが手がけた案件だ。和田豊、桧山進次郎、今岡誠と、一時代を作った選手の名前が並ぶ。

 日本ハムには2003年からやってきた。球場で少しつ言葉を交わすようになると、選手の見方も教えてくれた。訃報を伝える新聞では、ダルビッシュ有投手(パドレス)や大谷翔平投手(エンゼルス)を追いかけていたと大きく報じられ、彼らとともに写った写真も載っていた。ただ今成さんの本当の価値は、多くの無名選手に、プロへの道を開いたことにあったと思う。

 2014年のドラフト前「隠し球はいませんか?」と、半ばお約束の質問をぶつけた。今成さんは隠しもせずに即答だった。「いるよ。でもこれは絶対にわからねえよ」。プロ志望届とにらめっこしても、どうにもピンとこない。指名を見ているとアッと思った。ドラフト8位・太田賢吾内野手。川越工業の遊撃手に目をつけていたのは、今成さんだけだったという。2019年からヤクルトに移籍したものの、その年1軍90試合に出場。プロの世界で今も生きている。

「俺はお前を見てるからな」ある社会人選手を勇気づけた言葉

 プロ入りへ、最後のチャンスに懸ける社会人選手にも目を配っていた。2007年にホンダから入団した金子洋平外野手に、こんな話を聞いたことがある。

「僕は今成さんに『俺はお前を見てるからな』と言われて、頑張れたんです」

 打力が自慢のスラッガー。青学大を出る時に、プロからの誘いはなかった。プロ野球選手になりたいという夢が折れかけた時、この言葉をかけられたのだという。ホンダ入りしてからは日本代表や社会人ベストナインに選ばれる選手となり、2006年の大学・社会人ドラフト6巡目で日本ハムに入団。1年目、オープン戦から快打を連発し開幕1軍をつかんだ。その年1軍で3本塁打。小笠原も新庄もいなくなった打線で期待を集めた。大成はできなかったが、2年連続で2軍の本塁打王に輝くなどプロの世界に爪痕を残した。

 取ってくる投手は、どこか“クセ”のあることが多かった。ただの剛速球より、キレあるボールを投げる個性派を好んだ。「初速が130キロ、終速が135キロ、そんな投手がいたら教えてくれよ。すぐ取りに行くからな」という言葉を、何度聞いただろう。現在はコーチを務める“遅球の魔術師”武田勝投手も今成さんの担当だった。2012年のリーグ優勝の際、中継ぎでフル回転してくれた森内寿春投手もそうだ。

 現役では、加藤貴之投手がいる。高校を出て社会人のかずさマジックへ。そこでプロ入りまで5年かかった。4年目に都市対抗で大活躍したものの、プロ入りは先送りした。そして5年目、出場を逃した都市対抗では、補強選手にも選ばれなかった。今成さんと球場で会ったとき、どう見ているのか聞いてみた。「良く見てるな。補強されなかったのは相手のチーム事情。肩も肘も何ともねえよ。絶対取ってみせるからな」。予告通り、その秋に日本ハムの2位指名を受けた。