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佐々木朗希の完全試合達成で思い出す、西口文也の“完全未遂” 彼は何に挑んだのか

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 千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希さんによる歴史的完全試合達成に沸くプロ野球。この素晴らしい出来事を前に、埼玉西武ライオンズファンの立場としては、一言言わずにはおれないような気持ちになっています。西口文也さん、かつて西武ライオンズのエースとして一時代を築き、現在もライオンズでファーム監督の任にあたるレジェンドのことです。

 西口さんが9回終了までひとりの走者も出塁させずに投げ抜き、延長10回で安打を許した2005年のあの試合。佐々木朗希さんの歴史的完全試合達成と、28年前の読売ジャイアンツ・槙原寛己さんによる完全試合達成との間に起きたあの出来事を、「面白い失敗談」としてだけ記憶するのはあまりに切なく、何かが違うように思われるのです。そして、広く世間で西口さんの名前が挙がることなくスキップされている現状についても。

 

西口文也はやり遂げた。ただ恵まれなかっただけだ。

 2005年8月27日、西武ライオンズVS楽天イーグルスによる第18回戦。本拠地の先発マウンドに立つ西口さんは快調でした。初回から凡打と三振の山を築き、9回までをパーフェクトに抑えます。しかし、味方の援護がなく試合は延長戦に突入し、延長10回に西口さんは先頭打者に安打を許します。10回裏の攻撃で味方が得点したことで試合には勝利しましたが、「完全試合」とも「ノーヒットノーラン」ともならず、ただの「完封勝利」となりました。これが世に言う西口文也さんの完全試合未遂事件です。

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 この出来事に関して西口さん本人は取り立てて恨み節を言うようなことはありません。むしろ、援護の得点が入らないことでの緊張感があったからこそ、あのような投球が出来たのだとさえ語ります。この「文春野球コラム」でも完全試合未遂について西口さん本人が振り返った記事がありますので、ご参照いただくとよいでしょう。完全試合とならなかったこと自体は、誰もが受け止めている話です。

【参照】西口文也が語った、3度のノーノー未遂が「全然悔しくない」理由

 とは言え、西口さんがまとう「惜しさ」はこれ以外の多くの未遂と比較しても傑出しています。よく同列に並べられる「9回二死まで完全試合だったが最後で打たれた」という事例は、惜しいことは惜しいですが、普通に「完全」を破られただけの話です。2012年5月30日の読売ジャイアンツ・杉内俊哉さんによる未遂事例なども、27人目の打者に四球を出した投球は、なるほどボール球に見えるものでした。

 その点、西口さんは27人まで完全に抑え、投手として完全試合を成し遂げるための手順は「やり遂げた」のです。西口さん自身がそれ以前に2度経験していたノーヒットノーラン未遂のときは「最後に打たれた」という形でしたが、この完全試合未遂は「投手としてはやり遂げた」のです。やり損ねたわけではなく、味方打線が無得点だったために延長にもつれ込んだだけで。

 むしろ、味方の無援護のほうこそ、何故その時に限ってと惜しまれる失敗談です。このときの対戦相手は、球団創設初年度の東北楽天ゴールデンイーグルスでした。シーズン成績38勝97敗1分(リーグ6位)が物語るように戦力不足は否めない状況。攻撃面ではチーム打率.255(リーグ5位)を記録するなど健闘しましたが、投手力を含む守備面に関しては「歴史的」なシーズンでした。

 この年に楽天が記録したチーム防御率5.67は、2003年にオリックス・ブルーウェーブが記録したプロ野球ワースト記録5.95に次ぐもの。チーム失点数812も、やはり2003年にオリックスが記録したプロ野球ワースト記録である927失点と、1950年に広島カープが記録した877失点に次ぐものです。この年、9回終了時点まで楽天が無失点だったのは西口さんの完全試合未遂の試合を入れて、136試合中わずか4試合。1点も取られないことのほうが例外的、とさえ言える状況でした。

 実際にチャンスはありました。1回裏にはいきなり、安打と暴投で一死三塁とするチャンスがありました。4回裏、5回裏、6回裏、9回裏と得点圏に走者が進んだ機会は5度ありました。決して抑え込まれたわけではなく、一打が出ませんでした。初回のチャンスにすんなり先制できていればそれでよかったのに、そうできませんでした。まるで「完全」が途切れるのを待っていたかのように、延長10回裏にはすかさず得点が入りました。これを「西口文也の未遂」と呼ぶのは責任の所在が違うだろうと思います。

 あの試合は「西口文也が打たれて」夢破れたのではなく、「西武ライオンズが打てずに」夢破れたもの。

 西口さんはやり遂げました。ただ恵まれなかっただけです。

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