あなたスーパースターじゃないんだから
久々に対面授業をしたけど、全然うまくやれないんだ。何十年間、何度も何度もやってきた筈の授業なのに、どうやっていいかわからない。
明日も授業があるんだけど、上手くできる様に思えない。
もう嫌だ、仕事に行きたくない。
学生さんの目が怖いから、明日は休んでいいかな。
そう相談すると妻は言った。
あなた、コロナの前だって、いつも授業上手くいかないって、言ってたじゃない。
そもそもあなたの授業が上手くいったことなんて、これまで1回だってあったのさ。
学生さんはあなたのレーザーポインターに電池が入っているかどうか、ホワイトボードの文字が曲がっているか、なんて気にしてなんかいないわよ。
そもそも何で、みんながあなたに注目してる前提なのよ。あなたの授業なんてつまんないに決まってんだから、期待している学生さんなんていないわよ。何背負ってんの。あなたスーパースターじゃないんだから。
そうか、そうだった。
長い期間が空くと、人は時に、自分の本来の姿がわからなくなる。
実際には、仕事や勉強、サークル活動やアルバイトで上手くいっている時もない訳じゃないから、その瞬間を繰り返し思い出して、いつの間にか過去の自分を美化したりする。
況してや、大手出版社におだてられて50代半ばで自叙伝を出したり ―― 拙著『韓国愛憎』中公新書、絶賛発売中です ―― 、テレビカメラの前で繰り返し昇天ポーズを取らされたりしたら、そうなるのも当たり前だ。
失敗なんか当たり前だったじゃないか
でも、それはメディアや周囲の人々が、そして何よりも自分自身が頭の中で作り出した、上手くいった時の自分の姿だけを集めた「ベストプレー集」みたいなものだ。
そしてそれは実際の自分の姿とは違うから、それが当たり前だと思って行動すると、自分自身に裏切られる事になる。
実際の自分はいつだって失敗ばかりして来たし、本当はそちらが日常なんだ。
そう、自分は誰かが適当に持ち上げるような凄い人じゃない。自分が自分に過度に期待しちゃだめだ。
上手くいかなかったら、次に改善して上手くやればいい。失敗したって、周囲には頼りになる仲間がいるから、カバーしてくれるに違いない。
いや、頼りにしないのは彼らに寧ろ失礼だろう。今年のチームの成績だって、いつもの年と比べて悪い訳じゃない。
ただ自分が自分に期待しすぎているから、去年の同じ時期よりずっといい成績だって、悪く思えるだけなんだ。
だから、気楽にやればいい。俺たちは俺たちなんだから、失敗したってそれで当たり前なんだ。
上手くやれる時がないわけじゃない
でも思う。うちの奥さんやっぱりちょっと言い過ぎなんじゃないか。
俺だって、上手くやれる時が全くない訳じゃないんだよ。さあ、出張先のホテルを出て、新幹線に乗って、大学に行こう。
だから杉本、お前も打てよ。
俺はお前に大して期待してないけど、お前ならきっと出来る。いや、出来る時もある。
そして俺もお前も今日はホームランを打って、「今年のベストプレー集」のワンシーンにするんだ。
大丈夫、三振したって、「今年のベストプレー集」には残らねーから、シーズンオフにはみんな忘れてるって。
週末の京セラドームで、期待しないで待ってるよ。
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