春である。2020年1月からはじまったコロナ禍もいつしか盛りを過ぎ ―― いや、より正確にはその完全な抑圧を諦め ―― 街には人波が戻ってきた。筆者が今いる出張先の東京でも、盛り場に人が戻り、街は活気を取り戻しつつあるように見える。
長く続いた蔓延防止措置の日々が終わり、我々は再び長い夜を楽しめるようになった。
そう、もう夕方早くに店に駆け込み、食事を急いで腹に詰め込み、ラストオーダーで大量に頼んだドリンクを早い閉店前に慌てて飲み干す必要はなくなったんだ。
そう思いながら小さな居酒屋の隅の席に座り、焼き鳥を頼んで、日本酒を注文する。美味い、この日本酒ずいぶん安いけど、こんなに美味かったっけ。
我々は「異常事態」に慣れてしまった
そして、時を同じくして、大学にも学生たちが戻ってきた。まだまだマスクは必要だけど、桜の花が咲き誇る中、自分たちのサークルを一生懸命新入生に売り込む学生たちの姿を見るのはずいぶん久しぶりだった。
そうだよな、大学ってやっぱりこうでなきゃ。確かに家から受けられたオンラインの授業は楽だったかもしれない。山の上にある大学まで時間をかけて来るのは大変だ。
でも、君たち、やっぱりZOOMの画面よりずっと生き生きして見えるよ。先生、年を取ったせいか、ちょっと涙が出そうだよ。
とはいえ、だからと言って問題が全て解決した訳じゃないし、コロナの感染はまだまだ続いているし、ウクライナでは戦争も起こっている。でも本当に問題なのは、我々自身の方かもしれない。
何故なら2年以上も続いているコロナ禍の中、我々の身体はいつしか元々は「異常事態」だった状況にすっかり慣れてしまっているからだ。
以前はだらだらと時間をつぶしていた筈のこの居酒屋でも、ずいぶんなペースで注文をしてしまい、いつの間にか大量の焼き鳥が目の前に並んでいる。何より日本酒は既に4杯目だ。待てよ、このペースで飲んでたら、俺、すぐに潰れるぞ。
思えば思うほどできない「いつもどおり」
でも、もっと深刻なのは仕事や勉強の方だ。久々の対面の授業なので、十分に準備して臨んだつもりだったのに、失敗ばかり繰り返している。
そうかオンラインじゃないから、資料は「紙」にコピーしてもっていかなきゃならないんだ。
マイクをもって、あ、そうかスピーカーのスイッチも入れないと。
ホワイトボードもうまく使えない。何だか書いてる文字が曲がってるぞ。あれ、どんなペースで、そしてどんな声の大きさで喋るんだっけ。こんなに早口で話してたら、学生さんがついていけないじゃないか。
あれ、このレーザーポインター、電池入ってないぞ。
おかしい、こんな筈じゃない。そうやって教壇でおろおろしている自分を、学生さん達が不思議そうな顔で見つめている。
いや、そうじゃない。今日は久々だから、調子が悪いだけなんだ。すぐいつもの調子に戻るからちょっとだけ待っておいてくれ。
そうやって焦るほど、ますます泥沼に入っていく。そもそも、どんな感じで話を進めて良いのかすらわからない。おかしいぞ、対面だってオンラインだって、喋り方は同じで良いんだから、何も変わらない筈だ。
いつもと、いつもと同じようにやればいいんだ。
でもそう思えば思うほど空回りし、舌を噛み、言葉がどもるようにすらなってくる。やめろ、お前らそんな目で俺を見るな。もう、全てを投げ出して帰りたい。
期待に胸を膨らませて迎えた新しいシーズン、戻ってきた沢山の人の前で迎えた待ちに待ったシーズンだった筈なのに、全てが空回りしてさっぱり上手くいかない。
何故だろう。そう思って妻に相談した。