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口裂け女が怖くなくなっていったワケ

 物理攻撃をしてくる方が恐怖度が高いではないか、と捉えるのは早計だ。たしかに刃物で口を裂かれると聞けばインパクトは強いが、そうした大げさなフィクション化が進むと、どんどんリアリティが弱化していくのである。

 マスコミは噂が事実ではないと否定しつつも、ちゃっかり話題に便乗し、せっせと口裂け女のキャラクター化や「いじり」にいそしんだ。図解イラスト付きで噂の伝播スピードをそのまま足の速さに置き換えたり(注1)、タレントの研ナオコと屋台に酒を飲みに行かせたり……(注2)。

 このような怪物に恐怖するのは、かなり年齢の低い幼児だけだろう。10代以上の少年少女は、もはや笑いの対象として捉える方が多かったはずだ。さらに、その中の何割かの子供たちは79年の「大流行」に対して「口裂け女なんて、数年前に流れた噂だろ? なんで今さら流行ってるんだ?」とまで思っていた。

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 こうした興覚めや客観化は当然のことで、マスコミによって全国規模の噂であることが報道されてしまえば、「自分たちの街にだけ起きた実際の事件である」といったリアリティは崩壊する。

 そうなれば、もはや口裂け女について語るなら、彼女を人外のキャラクターとして弄び、半笑いを浮かべるような楽しい話題へとすり替えていくしかない。マスコミ報道が口裂け女の実話性を消滅させたことはよく言及されるが(注3)、「大流行」を経た後では、リアルな恐怖の視線を彼女に向けることは不可能となったのだ。

 79年「大流行」とそれ以前との決定的な違いは、口裂け女が「マスコミに気づかれた」ことである。学校教師や就学児童の親など一部の大人は、78年以前にも口裂け女を知っていただろうが、それ以外の大人たち、それも解釈したがり論考したがりの大人たちに「気づかれてしまった」ことで、口裂け女にはさらなる大きな変容がもたらされた。

 それは「口裂け女=母親」説である。すぐ隣に住む「他者」への恐怖ではなく、子供たちは「母親」を恐怖しているのだという解釈に、いつのまにかすり替えられてしまったのだ。