1996年のクリスマスの翌朝、コロラド州ボールダーに住む6歳の少女が遺体で発見された。その死は世間の注目を集めて瞬く間に世界中に広がり、日本でも大きな話題となった。少女が白人富裕層のファミリーの子供で、しかも、美少女コンテストで何度も優勝していたことで知られていたからだ。少女の名前はジョンベネ・ラムジー。その死から25年。

 この間、捜査線上には、ジョンベネの両親や3歳年上の兄を含め数多くの被疑者があげられた。ボールダー警察は1500以上の証拠を調査してきた。しかし、いまだ、犯人は捕まっていない。アメリカでは重大な未解決事件の一つとして今も注目されている「ジョンベネ殺害事件」とは何だったのか? これからどんな展開を見せる可能性があるのか?(全2回の1回目。後編を読む)

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クリスマスの夜から翌朝にかけて起きた事件

 ジョンベネは1990年8月6日、ジョージア州アトランタで生まれた。母パッツィーは自身もビューティー・コンテストで優勝したことがある美貌の持ち主。その美しさを受け継いだ娘のジョンベネを、幼少期から美少女コンテストに参加させ、何度も優勝に導いていた。父ジョンはコンピューター関連の企業のCEOとしてボールダーでもよく知られていた。

美少女コンテストで何度も優勝していた、ジョンベネ・ラムジー ©AFLO

 事件は1996年12月25日夜からその翌朝にかけて起きた。クリスマスの夜、ラムジー一家は近くに住む友人のホワイト氏宅で過ごした後、午後10時前に自宅に戻る。ジョンは車中で眠っていたジョンベネをベッドに運んだ。

 翌26日、一家はミシガン州にあるセカンドハウスに行く予定にしていたが、その朝、朝食を作ろうとキッチンへと降りて行ったパッツィーは階段の上にメモが置かれているのに気づく。それは、ジョンに宛てられた3ページにわたる脅迫状で、11万8000ドル(その年、ジョンがクリスマスのボーナスにもらった額と同じだった)と引き換えにジョンベネの身柄を引き渡すという身代金を要求する内容だった。

 脅迫状は警察には連絡するなと警告していたものの、ジョンベネが誘拐されたことを知ったパッツィーはすぐに911に電話をした。ラムジー夫妻はまた友人の手を借りてジョンベネを探そうと、ホワイト氏も家によんだ。警官に続きFBIもやってきた。彼らは犯人からかかってくる電話を盗聴しようとしたが、犯人が電話をかけると指定した午前8時から10時という時間はすでに過ぎており、電話がかかってくることはなかった。