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子宮に「ごくろうさま」

 無事に手術が成功したことに加え、休業したことで気持ちに余裕も生まれたのでしょう。この頃のOさんは不妊治療にも子宮の病気の治療にも、それまで以上に前向きに取り組んでいるように見えました。

 ほどなく体外受精をして子宮に戻した受精卵が無事に着床し、「妊娠」が成立しました。受精卵の頃から慈(いつく)しんでいた大切な命です。胎嚢が見えて、心拍が確認できた時の、Oさんとご主人の喜びは計り知れないものだったと思います。ところが、残念ながらその小さな命は安定期を迎えることができませんでした。

 その後も、何度か妊娠には成功したものの、どの命も続くことはなかったのです。流産を繰り返す悲しみは、さぞかし耐え難いものだったはずです。

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 ある日、Oさんから治療をやめることを打ち明けられました。ご自分とご主人の受精卵に望みをかけて、海外で代理母による出産を試みたい、と。

 自分の子宮で命を育むことにこだわり続けても、病気が進行するかもしれないし、妊娠もできず、受精卵も無駄になるかもしれないから、とのことでした。ご夫婦で考えた末の結論でした。Oさんは45歳になっていました。

 子宮腺筋症の根治のため腹腔鏡下子宮全摘手術後、心の中でそっと自分の子宮に「ごくろうさま」と伝えたとお聞きしました。

 10年以上に及ぶ不妊治療を終えたOさんは気持ちを切り替え、一から体を作り直して仕事に復帰。現在もそれまで以上に活躍していらっしゃいます。残念ながら、海外の代理母の元へ送り出した凍結受精卵が実を結ぶことはなかったそうですが、子宮全摘の手術をした後は、体は絶好調だとか。

 ご主人とはお互いに納得して別々の道を歩むことになったそうですが、常に自分の人生を自分の決断で選択してきた彼女のこと。これからも、どんな時も前を向いて生きていくでしょう。

 実はこのOさんとは、シンガーソングライターの大黒摩季さんのことです。

 50歳を超えてもなおステージで輝き続ける彼女は、活動再開後に新曲をリリースしました。

※画像はイメージです。 ©iStock.com

「生まれ変わっても 私はわたしを生きたい いつかそう思えるように My Will 生きてゆこう」(『My Will~世界は変えられなくても~』)と綴ったその歌にはきっと、様々な経験を経た彼女の本心が込められているのでしょう。

 大黒さんはきっと、ご自分の経験を糧(かて)に、これからも多くの人たちを励まし、勇気づける歌を歌い続けてくれることだろうと信じています。

妊娠の新しい教科書 (文春新書 1358)

堤 治

文藝春秋

2022年4月20日 発売