船倉を甲板の上からのぞいてみたら、まさに阿鼻叫喚。それもそのはずである、寝台になっていたカイコだなが魚雷の衝撃で落ち、そこに寝ていた兵隊をいっきに押しつぶしたのだからたまらない、助けを呼ぶ断末魔の叫び声、うめき声が一度にものすごい騒音となって響いてき思わず顔をそむけた。そこへ第二弾の魚雷が命中した。ものすごい火柱とともに人間をいっきに吹き上げたのである。しかもその横腹にあいた魚雷の爆破口からは、こんどはドッと海水が滝のように流れ込んだ。地獄絵図とは、まさにこのことである。
「助けてくれ!」
「助けてくれ!」
その悲痛な声も流れこむ怒濤にのまれて、しだいにたえだえになって、もはや手の施しようもなくなっていた。しかし大隊長・長沢省一郎少佐は、船長からまだ30分は沈まないことを確かめると、ただちに各中隊に伝令を飛ばして、
「これ以上、本船に止まることは危険である、各隊はおのおの兵員をまとめて退船せよ!」と繰り返し厳命した。
「タイヒ! タイヒ! タイヒ!」
と呼び回る各指揮官。退避を告げる突撃ラッパが、まっくらな上甲板で吹奏されたのはこの時だった。しかし船倉にはまだ、下敷きになった負傷者の悲痛な叫び声とうめき声は続いていた。
阿鼻叫喚
魚雷の衝撃で1時に船内の電灯が消えた。
ものすごいごう音と悲鳴の中で、二中隊の市川義久上等兵(佐久市野沢町原)は三番船室の壁にたたきつけられていた。まっくらで何が何だかさっぱりわからないが、胸をひどく打ったらしい。石炭ガラの爆風で顔から体じゅうがまっ黒になっていることに気がついたのは、しばらくたってからだった。船倉には粉末石炭が満載されていた。その上に兵隊たちは寝ていたのを、魚雷をくった瞬間石炭とともに吹き上げられたものらしい。どの顔も石炭でまっ黒の上に血が流れ出して、明るかったら見られたものではなかったに違いない。分隊員の顔はどこにもなかった。
「みんなやられたのか?」
「おーい!! みんなどこへいった?」と叫んだような気もするが、言葉にならなかったかも知れない。付近に倒れているまっ黒な顔を一つ一つ起こして回ったが、だれだかわからない。死んでいるのか、生きているのかさえわからなかった。なまなましい血の匂いが硝煙とともに船内にただよって、一時の衝撃が去ったら悲鳴と絶叫がどっと船倉内を包んでしまった。
倒れていた石炭の顔が全部起き上がって戦友をよびだした。暗闇に目がなれてきて、うす明かりにすかしてみると軍服は破れ、足をむしり取られた者、軍需物資の下敷きになった者、首のふっとんだ者、床板は血が流れていた。市川上等兵はようやく意識をとりもどしてわれに帰ると、もうじっとしてはいられなかった。胸の打撲をこらえ、頭と手から出る血を手ぬぐいを破ってしばると、分隊員をさがしにかかった。