身を支えるわずかな手がかりに一本のビョウや突起をめぐってすさまじい闘争が続けられていた。
「おう堀内! きさまも生きていたか?……」
「依田! 生きていたか、よかったよかった」
甲板に出て二人は思わず抱き合っていた。
兵器の浮き袋を体に巻き付け…「沈む兵器に浮袋がいるか!」
第二中隊第一小隊長の小松中尉(松本市浅間)がクレーンの下敷きになって死んでいるのをみたのもこの時である。
「木村准尉(小諸市本坂町)はどうした?」
「いまそこで会ってきた、生きてるゾ」
堀内一等兵(佐久市)は言った。甲板上は鮮血が流れ、絶叫と悲鳴でごったがえしていた。
「タイヒ! タイヒ!」しかし、救命具は爆風で吹きとばされて、二人とも持ってはいなかった。とその時依田一等兵は何を思ったか、そこにあった山砲の大きな浮き袋をとって体に巻きつけ始めた、堀内一等兵はびっくりして、
「依田! きさま兵器の浮き袋をとるとは何ごとだ!」と目の色を変えて引き止めた。しかし、彼はそれには答えようともせず、さっさと体につけ終わると、堀内一等兵への答えの代わりに大声であたりにさけび回った。
「救命具のないものはここに集まれ! 救命具のないヤツはないか!」
堀内一等兵は、彼が何を考えていたかをはじめて知るとともに、そのす早さに目をみはって、彼に続いて海に飛び込んだ。かくして大きな浮き袋の周囲には10名近い兵隊がブカブカ浮いていた。彼はきっと「沈む兵器に浮袋がいるか!」と言いたかったのかも知れない。
「オレたちは大勢の戦友を置き去りにして退船するんだ、せめて甲板にたどりついたヤツでも救えるものなら救うべきじゃないか。それに優先する兵器もくそもあるものか! 兵器より人間の命がよっぽど大事だ!」依田一等兵はそう言いたかったにちがいない。