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見られなくて今も後悔…元ヤクルト・館山昌平“本当の引退試合”の意味

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/05/13

「見ることのできる試合」を大切にしたい

 さて、石巻での「本当の引退試合」である。初回、館山さんはいきなり先頭のオコエ瑠偉にレフトにヒットを許したものの、後続を断ち切って初回を無失点に抑えている。しかし、1対0とリードして迎えた4回裏に、現巨人のゼラス・ウィーラーにタイムリーを打たれて、同点に追いつかれる。さらに、5回裏には連打を浴びて3失点。5回途中、4回2/3でマウンドを降りている。

 ここまではすべて文字ベースで知った結果だ。スコアブックを見ながら、それぞれの選手の顔を思い浮かべつつ、僕の脳内でこの試合のシミュレーションをする。それによって、おおよその試合展開はつかめたと思う。その一方で、館山さんはどんな表情をしていたのだろう? どんなボールを投げていたのだろう? いくら想像してみても、埋まらないピースがあるのも事実だった。

 この日、降板を告げられた際に「あぁ、終わったんだ……」と館山さんは満足感を覚えたのだという。しかし、ベンチに戻る際にふとスタンドを見上げると、そこにいた奥さま、娘さんの姿を見て、涙が止まらなくなったのだそうだ。そのときの光景は、いくら想像しても、実際の光景はわからない。やはり、球場でなければ味わうことのできない体験なのだ。

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 ふと気になって、2019年の日記を引っ張り出す。この日、僕は仙台にいたことを知る。デーゲーム終了後に、当時楽天に在籍していた伊藤智仁現ヤクルトピッチングコーチにインタビューを行っていたことを思い出した。仙台から石巻までは仙石線快速で58分、普通でも90分足らずで行くことができる。

 その意志さえあれば、昼間に石巻で館山さんの「本当の引退」試合を見た上で、仙台に戻ってインタビューを行うことは十分可能だったのだ。そう思うと、「館山さんの最後の雄姿を見たかったな……」という思いはますます募る。見られなかった試合の重さ、大切さを痛感したからこそ、今見ることのできる試合、目の前の一戦を大切にしなければいけない。そんなことを強く感じたのだ。

感動も失望もある。ストレスしか溜まらない試合もある

 神宮球場からの帰り道、改めて試合を思い返す。この日、神宮球場に集まったのは1万2926人。中日ファンは小笠原慎之介の好投に快哉を叫んだことだろう。ヤクルトファンはライアン・小川泰弘の好投をたたえつつ、「あそこで一本出ていれば……」とチャンスの場面を悔やんだ人も多いはずだ。

 感動も、失望もある。ストレス解消になる試合もあれば、ストレスしか溜まらない試合もある。いいときも、そうでないときも悲喜こもごもなのだ。今日も全国で野球が行われる。そのことに感謝をしつつ、「見ることのできる試合」を大切にしたい。また一つ年を取った誕生日の今日、そんな決意をした次第である。ハッピー・バースデー・トゥー・ミー(笑)。

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