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「リーグの目標は?」と聞かれた私の答えは

 シャトルバスに揺られてどこへ行ったのかはもう朧気だが、雪って音を吸うのかな、と思うほど静かな白い景色が記憶に残っている。

 ホテルに戻って夕食の時間には「お疲れさまでした!」と乾杯をした。誰かが「我々は何にお疲れしたんでしょう?」とつぶやき、みんなで笑った。

 部屋に戻ると、ホテルの方が将棋盤を用意してくれていた。勉強道具をあまり持ってきていないとTwitterに書くと、たくさんの詰将棋が送られてきた。

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 その後、3連敗して五番勝負は敗れるのだが、最終局はその年度の名局賞特別賞を受賞することになる。自分が指した将棋に感動してくれる人たちがいることを実感できたことが、とても嬉しかった。

 結果として女流名人戦の五番勝負を通しては、2回とも里見さんに勝てなかったけれど、人の想いに触れることができた、大切な私の思い出だ。

名局賞特別賞の賞状

 今年度リーグに復帰する際、「リーグの目標は?」と聞かれた。

 20代の頃なら「挑戦を目指したい」と具体的な目標を口にしていたであろうこの質問に、「自分の調子を整えること」と答えた。

勤続21年目、「結果として、上を目指せたら嬉しいです」

 2001年、12歳で女流棋士としてデビューした私は、今年度で勤続21年目を迎えた。25年になると将棋連盟から表彰される、そういう年月である。第43期はもう6年も前の話だ。

 30代に入り、親になり、現実として少しずつ「万全の態勢で対局を迎える」ことが難しくなってきているのを実感する。

 指し盛りと呼ばれている時期は過ぎ、いつ転がり落ちるか分からないという怖さが、背中にひんやりとつきまとう。

「自分の調子を整えること」という目標が、前向きに見える人も、後ろ向きに見える人も、おそらくはどちらもいるだろう。

 私自身、20代と30代では価値観がかなり変わっている。

 想像力には限界があり、経験しないと分からないことは、やっぱりたくさんあるのだ。客観的に見ようとする自分がいる一方で、純粋に強い人と戦えるのが楽しみな、勝負師としての自分も、私の中には同居している。

 この勝負師としての自分は、不思議と年をとらない。強い人と対戦できるのは、いつだって楽しくて、ワクワクする。その勝負師の自分が、「自分の調子を整えること」と答えたリーグの目標のインタビューを、「結果として、上を目指せたら嬉しいです」と結んでいた。

 20代で想像できなかった30代を生きていて、きっと40代はまた、想像できない自分になっているのかもしれない。

 それでも、置かれた状況でベストを尽くして将棋を指すのが、将棋指しとして生きていくということなのだと、今は思う。

 次に女流名人戦の思い出話を書く時には、新しいエピソードをつづれるように、目の前の1局1局に向かっていきたい。

写真=上田初美

◆ ◆ ◆

 上田初美女流四段のコラムは、文春将棋ムック『読む将棋2022』にも掲載されています。

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