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志村が語る“師匠”の姿
「40年間一生懸命、一生懸命走ってきて、絶対に妥協を許さない長さんだったよな。でも40年間本当に気を抜かないで、一生懸命やってきたんだと思う。本当にご苦労さん。これから俺たち4人で、ドリフターズまだやっていくよ。あんたが残した、財産だからね」
午後3時を回り、メンバーや元付き人たちが棺を霊柩車に運び、出棺を迎えた。沿道からは拍手とともに、「オイッス」「次いってみよー」「ありがとう」の声がかかった。
テレビカメラは、葬儀の最中に志村の目からこぼれる大粒の涙を映していた。数日後に志村は雑誌の取材を受け、師匠の死を次のように語っている。
〈全身の力が抜けましたね。もうかよ、って感じです。付き人にしてもらい、なおかつメンバーに入れてもらってチャンスを与えてもらった。今の僕があるのは、いかりやさんのおかげですから、本当に感謝しています〉(『週刊ポスト』2004年4月9日号)
志村はある場面を思い出していた。昔、二人で酒を飲んだことがある。そのとき、志村はいかりやから次のように言われた(『BIG tomorrow』2004年11月号)。
「お前、俺に似てるよな」
いかりやと志村は、自他ともに認める似たもの同士だった。いかりやの笑いを継ぐ者は、志村しかいないのだ。