残り1枠―――。
祈るような思いだ。7月31日の支配下登録期限をワクワクというよりはソワソワしながら待っている。今季は開幕直前に藤井皓哉投手、4月に入って田上奏大投手、さらに今月2日、中村亮太投手が育成から支配下登録を勝ち取った。70人という支配下選手の登録枠はこの時点で69に。残るは1枠となっていたが、球団は14日にタイラー・チャトウッド投手の退団とウェイバー公示手続きを取ったことを発表。これにより枠はあと2つになった。
新型コロナ感染や怪我による離脱者が続出し、緊急事態が続いてきたホークスが、この残りの枠をどう使うのかは気になるところだ。と思っていたら16日、ヤクルト、日本ハムでプレーした実績のある秋吉亮投手の獲得を発表した。これで残り1枠…。登録期限の7月31日まで残すところ2週間となったが、何とかその夢の支配下枠を掴んで欲しい若鷹がいる。
現在の黒瀬選手を支えている反骨心
若鷹、ではあるが“若鷹歴”はもう7年目になった黒瀬健太内野手だ。高校通算97本塁打というインパクトを引っ提げて2015年ドラフト5位でホークスに入団した右の大砲候補。ただ、プロ入り後は苦労した。高卒3年で戦力外通告。その後は育成選手として再契約され、今季は育成4年目を迎えている。
私はホークスの取材を始めて今年で7年目になるのだが、初めて1人でインタビューしたのは、まさに黒瀬選手達の代の入団会見だった。高橋純平投手が3球団競合の末にドラフト1位で入団した世代。2位・小澤怜史投手、3位・谷川原健太捕手、4位・茶谷健太内野手、5位・黒瀬健太内野手、6位・川瀬晃内野手。高校日本代表にも選ばれていて、取材慣れしていた純平投手を除けば、みんなド緊張。会見後の個別インタビュー。言葉のキャッチボールは弾まず、つっかえつっかえだった、私を筆頭に(苦笑)。私の取材人生もここから始まったので、当然この世代に思い入れがある。
中でも、苦しいプロ野球生活を過ごしているのが、やはり黒瀬選手だろう。黒瀬選手と同じく、一度はホークスから戦力外通告を受けた小澤投手と茶谷選手は、他球団で支配下登録を勝ち取り、1軍の舞台に這い上がった。トライアウトでアピールに成功し、育成でヤクルトに入団した小澤投手は、先日プロ初勝利を挙げた。茶谷選手も育成でロッテ入りし、支配下に上がって、今では遊撃手のポジションを1軍で争っている。本当に感慨深くてたまらない。
そんな2人の活躍を「良い刺激になっていますよ」と黒瀬選手は言う。小澤投手がプロ初勝利した時には連絡を取ったそうだ。黒瀬選手が自主トレで弟子入りしている巨人・中田翔選手に本塁打を打たれた小澤投手が『クロの師匠に打たれたわ~』と言うと、黒瀬選手は『俺の師匠はエグイからな』と返したという。2人の微笑ましい姿が浮かんだ。
同期の活躍に刺激を受けながらも、「自分だけ育成なので……」と続けた黒瀬選手。現実を受け止めていた。でも、ここで私は嬉しかった。「次は自分の番」と彼はこれを前向きに受け止めていたのだ。今までの黒瀬選手だったら、きっと「自分だけまだ育成……」とマイナスに捉えて下を向いていただろう。でも、現在の黒瀬選手は前だけを見ている。
「腹くくってる」、「なるようになると思えている」、「見とけ! 見返したろ!」。覚悟と良い意味での割り切り、今までの反骨心が現在の黒瀬選手を支えているのだ。
技術面の成長はもちろんたくさんあるが、1年目から接してきて感じる彼の精神面の成長は凄いと思う。そりゃ7年目となれば、成長してないといかんだろと思われるかもしれないが、置かれた立場は年々窮屈になっていくプロ野球の世界。精神的にどんどん追い込まれていく。ここ数年は毎年クビを覚悟して、シーズン終了が近付くと声を掛けられる雰囲気ではなくなっていった黒瀬選手。ある時には「今までありがとう」とまで言われた。シーズンが続いている以上、そんなことを言ってはいけないし、僭越ながら「そげなんこと言わんとよ!」と老婆心で言わせてもらったこともある。心配になるほど追い詰められていた黒瀬選手を見て、何度も切ない気持ちになったが、彼のプロ野球人生は一昨年も、去年も、そして今年も続いている。ある意味、奇跡の男だ。野球の神様もきっと彼の覚醒を見たいに違いない。