そもそも、プロ野球選手が一塁へ堂々とワンバウンドで送球することは当たり前ではない。プロ野球選手としてのプライド、どこか格好悪いなという気持ち、弱みをみせたくない気持ちがそれを許さないと多くの選手やOBはいう。建山氏も「弱いところをみせたくないのが本音だと思う。でも、自分の弱点を知っていて克服するための最善策がワンバウンド送球だったんだと思う。弱みを見せることを恥ずかしがらないのが、青柳の強さだと思う」。
弱みをさらけ出すことはアスリートでなくとも簡単ではない。青柳投手も昔からできていたわけではなかった。「最初は、恥ずかしさはありましたよ。でも弱点はもちろん補いますけど、それよりも長所を全面に押し出した方がいいかなって。できないことは見栄はってもできないっていう開き直りですね~」と笑いつつも「でも、できないこと、苦手なことはできるようになるまで練習はしています」と本人は当たり前と思っているかもしれないが、克服するための努力は欠かさない。
さらに建山氏は「青柳に助けられた」と振り返った。「ジャパンに招集される選手たちは自分の哲学を持っている選手が多い。オリンピックでは中継ぎをお願いしたが、(普段と違ったり思うような起用でないと)文句が出そうなところなのにその中で青柳は柔軟な対応をしてくれた」。阪神では先発を務める青柳投手だが、東京五輪では中継ぎ投手として起用され、1次リーグ初戦のドミニカ共和国戦では2/3回を2失点。決勝トーナメントのアメリカ戦では5回に登板し一時勝ち越しを許す3ランを浴びるなど、慣れない中継ぎに苦戦した。建山氏は「申し訳ないことをしたなと思っていた」そうだが、そんな首脳陣の想いを晴らしたのが青柳投手の一言だった。「結果が悪くても自分の責任なんで!」。最初の登板が上手くいかなかった場合、「ちょっと痛みがあるので投げられないです」と登板を回避したがる投手もいる中で、青柳投手は「僕はいつでもいけるんで言って下さい!」と首脳陣にとって最高のボールを投げてくれていたという。建山氏は「投手コーチとして本当にありがたかった」と1年経っても青柳投手への感謝が溢れていた。
青柳の原動力は「いつも始めたときは劣等生」
今年2月のキャンプでも建山氏は青柳投手の“克服力”を感じたという。「僕も同じように横手投げだったので、左打者への対策をどうしていましたか?と質問されました。その時青柳は高めを使うことをテーマに取り組んでいたんですけど、弱いところを理解して潰そうとする取り組みも明確だと思った」。実際今シーズンはその高めを活かした投球ができていて、「引き出しも増えている」と昨夏の仲間の活躍に目を細めた。この“克服力”は青柳投手の性格が生んだものだった。「昔からですかね、負けず嫌いなので。いつも始めた時は劣等生で最初から1番の事がない。あいつに勝つ為には、って常に考えてましたね。なので、今でもあいつよりいい成績取れるには、去年よりいい成績出すには!って常に考えてやっています」。タイトルを獲っても、金メダルを獲っても変わらない。むしろ上の世界を知れば知るほど「自分は伸びしろの選手」と自身の可能性を見出す。謙虚さ、向上心、吸収力そして克服力。青柳晃洋の本当の凄さはその豊かな心にあるのだろう。
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