終戦の日を活写した半藤一利の不朽のベストセラーを、漫画界のレジェンドがコミカライズ。コミック『日本のいちばん長い日 上・下』がいま話題になっている。降伏か、本土決戦か、それとも……。独自の新解釈で運命の24時間を描いた漫画家の星野之宣さんに、コミック版ならではの読み所についてお聞きした。
【マンガ】「日本のいちばん長い日」第1話から読む
父に連れられて観た映画版
――漫画化の話があった時は、どうお感じになりましたか?
星野 私は昭和29年生まれで、太平洋戦争はもちろん経験していません。ただ、子供の頃、街角に傷痍軍人が立っていたり、親世代の体験談を聞いたりして育ってきました。ある種のリアリティをもって、あの戦争を描けるかもしれないぎりぎり最後の世代なんじゃないかと思ったんです。
1967年公開の映画版は、中学生の時に、父に連れられて映画館で観ました。その父も終戦時に中学生(高等小学生)だったんですが、玉音放送を聞いた時の日記をつけていて、晩年に見せてもらいました。そんな父との思い出も、コミカライズを承諾する後押しになったと思います。
――漫画にするにあたっての方針などはありましたか?
星野 岡本喜八監督(1967年)と原田眞人監督(2015年)によって、2度映画化されていますが、両方とも阿南惟幾陸相が主人公なんです。無条件降伏派と徹底抗戦派との間で板挟みになった人物ですが、僕が漫画にするのであれば、「昭和天皇」を主役にしようと思いました。クーデターが起きるかもしれないという一触即発の状態で、2度の「聖断」によって終戦に導いた、まさにこの物語の主役ですから。3代前の明治天皇の時代から説き起こしたのも、そのためです。
漫画版では、物語は黒船来航から始まります。それは、もう一方の主役である「軍部」の成り立ちを描くためです。彼らのなかには尊皇攘夷という幕末の志士の思想が濃厚にあり、それが皇室との対立となり、この物語の通奏低音になっている。それが昭和に入って極度の緊張状態を迎え、その決着がついたのが終戦の日だったのではないか――。そんなことを考えながらコミック化を進めていました。
生身の人間として昭和天皇
――半藤さんの他の著作の影響はありましたか?
星野 大いにあります。『幕末史』、『昭和史』、『聖断』。それらを読んで、共鳴するところが多々ありました。半藤さん自身、空襲を経験された戦中派ですから、昭和天皇に関しては批判的な面もあったかと思います。しかし、著書を読み進んでいくと、だんだん昭和天皇のことをお好きになっていった気がしますね……。
それは私自身も同感で、漫画を描いていくうちに、昭和天皇に対するイメージが変わっていった。『独白録』など戦後新たに発掘された資料に触れることで、茫漠とした昭和天皇のイメージから、生身の人間としての姿が浮かび上がってきた気がしました。率直に言って、とても立派な方だったと思います。もしも自分が天皇の立場だったら、終戦に導くためにあれ以上のことが果たしてできただろうか、と自問自答しますね。
――漫画で天皇を表現する難しさはありましたか?
星野 それはなかったですね。かつては触れることさえ難しかったと思いますが、能條純一さんの『昭和天皇物語』という先達がありましたから、結構、好き勝手に描きました。
学者肌、研究者肌の人だったと思います。若い頃は二・二六事件の時など軍部と対立しますが、太平洋戦争開戦で押し切られたので、慎重に終戦のタイミングをはかる老獪さを身につけたのではないでしょうか。
――皇太子時代の欧州訪問のシーンが繰り返し出てきます。
星野 「あの頃が人生の華だった」とご本人が語っているんです。あのシーンは絶対に入れておきたかった。昭和の前半は戦争ばかりですから、心の休まる時間はなかったんじゃないか。終戦に漕ぎ着けた後の昭和天皇は、余生のような気がします。研究者に戻り、日本の「象徴」として静かに生きることを望んだ。