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あの月に向かって――大杉勝男が教えてくれたこと

文春野球コラム フレッシュオールスター2022

2022/07/23
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「4番のバッティング見せてやれ!」と誰かが叫んだ

 H町の町営野球場は小高い山の上にある。H高は普段からここを練習に使っていた。球場は内野席も手書きのスコアボードも備えている。外野は芝生席だ。

 内野席でユニフォームに着替えた。午前9時。雲がなかった。スプリンクラーが水飛沫を踊らせ、淡い虹を描く。H高の選手たちが外野でダッシュを繰り返していた。イモッチは走り方ですぐにわかる。

 試合前のシートノックは緊張した。『キャプテン』で谷口君が青葉学院に行った時みたいだと思った。あいつ、O中の万年スコアラーだっぺ?

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 C高は先攻で一塁側。H高の先発投手は1学年下のオーバースローだった。

 2打席目だったはずだ。

 初球、カーブが外角に外れた。「4番のバッティング見せてやれ!」と誰かが叫んだ。オーバースローが振りかぶる。

「どっしりとした構えで文句のつけようがない。もう少し腕の力を抜こう」

 川上の声が聞こえる。

「軸脚に移動した体重は残したまま前足を踏み出す。そうだ。そのときに腕はまだ後方に引いたまま『ねじれ』を作れ。ユニフォームにシワができるはずだ」

 直球。

「体重を徐々に前足に移しながらダウンスイング。インパクトの時、もう少し体重を前に。そう、それだ」

 月に向かって。

 インパクトの瞬間はほとんど感触がなかった。こんなことは初めてだ。打球が左中間へ上がったのはわかった。二塁打にしなきゃ、と思って懸命に走った。一塁を蹴ってから、野手の動きが止まっているのに気付く。全員が同じ方向を見ていた。「入(へ)ったど」とセカンドの選手に言われた。

 イモッチがベンチ脇で、他の選手と中腰で声を出しているのは知っていた。三塁を回る時に顔を上げられなかった。嬉しさよりも恥ずかしさが先にあった。大杉ならスキップしてホームインしただろうか。

「やっぱ『大杉』だった」

 試合後に両チームでグラウンド整備をした。僕は本塁周りにトンボを掛けた。

 イモッチが水を張ったバケツを2つ下げてやってきた。

「やっぱ『大杉』だった」

 彼は言った。言葉を交わすのは中学の卒業式以来だ。

「まぐれだよ」

「研究したんだっぺ?」

 イモッチは満足そうに笑ってマウンドへ向かった。

 大杉勝男はこの年の秋に38歳で引退した。

「最後にわがままなお願いですが」大杉はマイクの前で話し始めた。翌1984年3月の引退試合のセレモニーだ。「あと1本に迫っていた両リーグの200本塁打。この1本をファンの皆さまの夢の中で打たせてやってくだされば、これにすぐる喜びはありません」。

 1992年4月30日、帰らぬ人となる。47歳だった。

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