昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

元木大介が野球教室にやって来て、登戸の町も元木も大変なことになった話

文春野球コラム フレッシュオールスター2022

2022/07/23

※こちらは公募企画「文春野球フレッシュオールスター2022」に届いた原稿のなかから出場権を獲得したコラムです。おもしろいと思ったら文末のHITボタンを押してください。

【出場者プロフィール】西尾 克洋(にしお かつひろ) 読売巨人軍 41歳。生まれは鹿児島県だが川崎市登戸育ち。外資系IT企業で働く傍ら2015年から相撲ライターとしてのキャリアをスタート。地域的にほぼ巨人ファンという土地柄だが、松岡弘の引退試合を観て以来のヤクルトファン。

◆ ◆ ◆

甲子園のスターが登戸に来るという衝撃

 小学生の頃、近所のスポーツ用品店の企画で野球教室を開催することになった。

 しかも、来るのがあの元木大介なのだという。

 都会から近い割に田舎な気質が強い登戸という町なので、その知らせに騒然となった。

 今の野球ファンからするとピンと来ないかもしれないが、元木大介といえば甲子園のスターで絶大な人気を誇っており、クラスの女子が野球教室の開催でかなり沸き立っていたほどだ。

 ただ、それはあくまでも一般的なことだった。

 西尾家ではかなり冷めた反応をしていたのである。

 元木といえば甲子園のスターである反面、ピッチャーフライを打ち上げた後で走らずに監督に酷く怒られるという騒動を巻き起こしたこともあれば、ダイエーホークスからのドラフト1位指名を拒否してハワイで1年過ごし、翌年に巨人に入団するという経緯を持つ選手だったからだ。

 人気はあるかもしれないが、いけ好かない選手。

 そんな元木大介がプロで2年目を終えた年にこの話が舞い込んできた。

「まだ一軍にも定着せず、2割も打てなかった選手がシーズンオフに登戸辺りで小銭稼ぎをしに来るとはやっぱり気に食わねえじゃねえか」

 そんな意見を持つ父が近くに居るので、小学校卒業間近とはいえ私の元木観は父と大して変わらぬものだった。

元木大介 ©文藝春秋

我を忘れる少年野球チームの監督

 野球教室当日。

 宿河原小学校は甲子園のスターの登場を前に見たこともない数の観客が殺到していた。

 野球教室を取り仕切る少年野球チームの監督も完全に我を忘れていた。元木登場に備えて観客全員で声を揃えて応援しようと言い始めたのだ。恐らく子供のころから大の巨人ファンだったのだろう。

 監督の発声に続き、観客が「がんばれがんばれジャイアンツ!」と声を揃える。しかしそんなシナリオは用意していなかったのでなかなか上手くいかない。完成度を上げたい監督は観客にもっと大きな声で、声を揃えて唱和するよう何度か練習させる。

 しかし、そうこうしている間に元木大介は到着し、そこに立っていた。

 元木が来ていることに気付かずまだ唱和させる監督。

 かなり気まずいスタートである。

元木大介「何か質問はある?」

 さて、元木は松谷竜二郎という投手と二人で来ていたのだが、ピッチングの指導は松谷が、野手の指導は元木が受け持つことになった。

 ただ悲しいかな、プロとして2年目のオフで場慣れしていないせいか、野球教室の進行の仕方までは心得ていなかった。

 野手の生徒や少年野球の指導者、そしてギャラリーが見つめる中で元木大介は周囲に対して「何か質問はある?」と求めたのである。

 だが、ここはスター・元木大介の登場に色めき立つ街・登戸だ。近所の釣り堀に織田裕二が来ただけで1か月話題をさらう田舎町である。テレビを沸かせる元木大介を前に誰もが凍り付いているのだ。

 二軍のエースである松谷竜二郎はピッチャーを相手に和気あいあいと指導を進めている。この辺りが経験の差なのだろうか。

z