「最後だから見にきてほしい」。長男に「試合に来て」と言われたのはこれが初めてだった。少年野球のお当番で行ったきり、息子が試合をしている姿を見たことがない。土日に多い試合は仕事で行けないことが多く、そのことについて謝るといつも「来なくていいよ~」と息子は笑って言っていた。高校3年生、最後の夏。

「次勝てるかどうかは、あんたにかかってると思うよ」

 2017年、ベイスターズ細川成也は鮮烈なデビューを飾った。

 10月3日、ハマスタでの中日戦。現地にいた私は思わず息を飲んだ。プロ初打席、フルスイングしたボールは真っ直ぐバックスクリーンへと消えた。先制のスリーラン。場内は総立ち、突然の轟音に私はひっくり返った。これからのベイスターズを担うスラッガーがハマスタに放った、これは始まりの号砲だと誰もが思った。

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 ハマのヘラクレス、ハマのカブレラ。恵まれた体はほとんど怪我のニュースを私たちに報せたことがない。中学時代はたった3ヶ月の練習でやり投げのジュニアオリンピックに出場し、中学生記録を作ったと聞いた。高校時代は通算63本塁打をマーク、エースで4番の3年夏は明秀学園日立高校創部以来初めて県大会決勝まで駒を進めた。

最後の夏、打席に向かう息子 ©西澤千央

 初めて「見にきて」と言われた試合、夏の大会1回戦。選手のご父母は常にこんな思いを味わっているのだろうか……謎の緊張で私は吐きそうになりながら、色褪せた水色のベンチに小さくなって座った。なんせ少年野球以来の野球してる息子だ。すごい、フライとれるようになったのか。監督からのサインなんてわかるのか。私の知らないところで、子どもって成長してんだ。ベンチから息子の名前が叫ばれる。ああ、友達もいるんだ。応援されてるんだ。私がつけた名前なのに、どこか遠くの異国の言葉のようにも聞こえて、なぜか涙が出てきた。

「ねえ、なんで明らかボール球に手を出すの?」

 夏の大会一回戦突破、チームとして公式戦初勝利を挙げためでたい夜。ひとしきり喜んだ後、我慢できずに聞いてしまった。きっとこういうことを言うから見にきてほしくなかったんだろう。野球経験もない、球種はおろかルールすらあやふやなくせにだ。しかし私には、息子が打ち急いでいるように見えた。その結果カウントを悪くして、思うようなスイングが出来ていないように見えた。しばらく考えて息子は言った。

「いやぁなんか打たなきゃいけないのかなって思っちゃうんだよね」「なんで? 打ちたいボールだけ打てばいいじゃん」「え?」「佐野とかそうじゃん、打ちたいボールしか打たないじゃん」「佐野と俺は違うよ……俺なんかがさ……」

 息子のチームは1番2番がかき回し、安定感のあるクリーンナップがそれを返すというスタイルで点を稼いでいた。次の試合、きっと相手チームは3番4番を警戒してくる。今日活躍らしい活躍ができなかった下位打線の息子がどんだけ塁に出れるかだ。「次勝てるかどうかは、あんたにかかってると思うよ」。初めて試合を見に行ったくせによく言うわと自分で自分にツッコんだ。でも言わずにいられなかった。今まで試合を見に行かなくて正解だったんだとも思った。