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打てよ細川、待てよ息子、自分の好きなボールが来るまで

 細川と長男は似てる。どこが似てるかと言ったら、顔が似てる。だからどうしても他人事に思えない。オースティンやソトを欠いてスタートした2021年、細川にとってはチャンスの年だった。しかし開幕一軍を勝ち取ったもののヒットは出ない。「今日こそヒットが出ますように」。6月9日のメットライフドーム(現ベルーナドーム)の外野席で、ライトを守る細川の背中に念を送った。4回表、ノーアウト2塁で生まれた細川のシーズン初ヒットは、地を這うような内野安打。「良かった」という気持ちと「これじゃない」という気持ちがぐじゃぐじゃした。周囲の大きな期待は、細川を苦しめているのだろうか。でもあの日の号砲はまだ私たちの耳に残っているのだ。何とかきっかけを掴んで欲しいと思ってしまう。身近な細川である息子に、私は余計なことを言ってしまう。

 控えめで、真面目で優しい、力持ち。細川のあの大きな体は、肩に鳥を乗せ墓標に花を添える『天空の城ラピュタ』の優しいロボット兵のように見える。細川の肩にはきっと鳥が乗っている。でもいつか、肩に乗った鳥を羽ばたかせて、自分だけのバッティングをしないといけない。誰かに主導させない、自分の好きなボールを、自分の好きなタイミングで振らないといけない。「俺なんかが」じゃない。打てよ細川、待てよ息子、自分の好きなボールが来るまで。もっと図々しくていい。人生は野球は、もっともっと我儘でいい。

 息子の最後の試合を、私はスタンドで見ることはできなかった。働かなきゃ、野球やらせられんと自分に言い聞かせて。小さなスマホの画面で、バーチャル高校野球の動画を見ていた。際どい球カットしてカットして、そこには10球粘って塁に出た長男がいた。「あれができるならもっと前からやれよってチームメイトに言われたよ」と照れくさそうに言っていた。「でもさ、これはマジで、ワンチャンあの四球はママが言ってくれたからはある。自分の好きなボール以外は全部カットしようと思った」。Z世代は気遣い世代。そして小さく「勝ちたかったな」と呟いた。

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「あの打席は、ベンチで石井コーチから『ホームランを打ってこい!』と声をかけていただいてました。代打でしたし、自分の持ち味は変えずに思い切っていこうと振れたのが、いい結果に結びついたと思います」

 7月23日、甲子園での阪神戦。ほぼ片手一本で甲子園のレフトスタンドに今季第1号を放った細川。なんて不器用で、なんてかっこいいホームラン。号砲だ。細川の大きな肩から鳥が羽ばたいていくのが見えた。

ホームランを放った細川成也

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