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「ショートってどこ?」サッカー少女が「阪神園芸」初の女性グラウンドキーパーになるまで

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/08/14
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 嬉しい話が飛び込んできた。この夏、“神整備”で知られる阪神園芸に、史上初の女性グラウンドキーパーが誕生した――。12歳の夏に甲子園球場の美しさに魅せられた筆者は、阪神園芸のグラウンドキーパーになるのが夢でもあった。しかし、当時はもちろん女性の整備士は存在しなかった。女子野球の決勝戦が甲子園球場で開催されるなど、時代の変化があるのはもちろんだが、初の女性グラウンドキーパーが誕生した背景には彼女の熱意、人柄がある。

 2年後に開場100周年を迎える甲子園球場にとっても初めてのこと。現在行われている球児の夢舞台で奮闘する女性整備士に迫った。

石躍奈々さん ©市川いずみ

サッカー少女はなぜ、“甲子園のグラウンド整備”を目指すことになったのか?

 石躍(いしおどり)奈々さん(23)は兵庫県西宮市出身。甲子園が目と鼻の先にある場所で生まれ育った。小学生と中学生の時には市の連合体育大会で、甲子園で組体操を披露し、“西宮市民デー”として阪神タイガースが西宮市民を招待する試合を観戦したこともある。聖地といえども、石躍さんにとって“甲子園”は身近な存在だった。

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 しかし、自身はサッカー選手。南甲子園小1年時から始め、鳴尾中時代はセレッソ大阪堺レディースでゴールキーパーとして全国3位を経験した。武庫川女子大でもプレーしたが1年生の時に頚椎を損傷。選手を断念せざるをえなくなった。その時芽生えたのが「スポーツをする人を支えたい」という気持ちだった。スポーツ×裏方――。真っ先に浮かんだのが、阪神園芸だった。「地元の企業ということもありましたが、大学の時のグラウンドが土でボコボコやったんです。どうやったら綺麗になるんかなと、整備に興味がありました」

 阪神園芸は甲子園球場のグラウンド整備だけが仕事ではない。公園施設の運営管理やマンション、商業施設の緑地管理など、その業務は多岐にわたる。これまでも女性社員は在籍していたが、グラウンド整備を担当する甲子園施設部にグラウンドキーパーとして所属した者はいない。

「女性がいないというのは知っていました。覚悟の上で入りました」

 入社後はグラウンドキーパーを強く希望した。

 各部署を回る研修中、甲子園のグラウンド整備をまとめる金沢健児甲子園施設部長と顔をあわせるとこう尋ねた。

「どうやったらグラウンド整備(を担当)できますか?」

 石躍さんは阪神園芸に内定後、いつか甲子園球場が仕事場になるかもしれないからと球場でアルバイトをしたことも金沢さんに話した。それほど、この場所で仕事をしたいという想いが強かった。

「女性だからという時代でもないし、何より彼女の熱意がすごかった」と、金沢さんはこの時に見初めていた。

 結局、石躍さんはスポーツ施設部に配属された。基本的には甲子園ではなく、各市町にある球場や商業施設を管理する部署だ。入社1年目の昨夏は兵庫県姫路市の球場に勤務したこともあり、夏の兵庫大会でグラウンド整備に入った。初めて任されたライン引きも現場の上司が「できてますよ」と金沢さんに報告するほどの見事な仕事ぶりだった。その他、地方球場や高校のグラウンド整備で経験を積み、技術を磨いた。

©市川いずみ
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