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「アンチ巨人」はなぜ生まれ、なぜ今消えようとしているのか

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/08/03

スケボーを見ていたら「アンチ○○」が嫌われる理由がわかった

 さて、借金を完済し貯金生活に入った阪神タイガース。ドラマだ、ミラクルだと景気のいい言葉も飛び交うが、それはみなさんに任せるとして、私は「アンチ巨人とはなんだったのか」なるテーマで語る。

 若い人たちにとって、「アンチ○○」や「反○○」というのは大変にイヤなものなのだと聞いた。そういう存在に嫌悪感を覚え、自分が「アンチ(反)○○」と呼ばれることのないように立ち回るのが重要だと考えているという。

 嫌悪感をぶつける、対抗心をむき出しにするといった態度からは、紛争や軋轢など負のエネルギーしか生まれず、負の結果をもたらす。だったら、お互いに認め合い、高め合うほうが建設的ではないかと。

 本当にそのとおりだ。東京オリンピックでのスケボーを見ていたら、お互いを尊重して認め合って、みんなでいいパフォーマンスが飛び出す大会にできるように盛り上げる若者たちの姿にすがすがしさを覚え、「アンチ(反)○○」が嫌われる理由が私にもよく理解できた。

 そうした時代の変化にあって、それでも世の中には「アンチ(反)○○」が存在している。我々世代の阪神ファンに多い「アンチ巨人」もそうだ。

 聞く耳を持ってもらえるかどうかはわからないが、私の経験をもとに「アンチ巨人」とはなんなのか、なぜ生まれたのかを書いておく。

 

巨人ファンとアンチ巨人が生まれる構造

 私(1966年生まれ)が子供の頃は、テレビが巨人戦を全試合放送していた。地域によって地元球団の放送もあったようだが、私が生まれ育った東京都のはずれでは、テレビで野球を見るのと巨人戦を見るのとは同義だった。毎日、同じ選手を見ていれば、子供は記憶力がいいから、すぐに名前と特徴を覚える。覚えてしまえば愛着がわき、好きになる。好きになれば、勝てば喜び、負ければ悔しい。こうして純真な少年は巨人ファンになる。

 ある意味、「洗脳」とさえ言えることだが、もちろん読売新聞の企業努力でもある。高校野球、社会人野球、大学野球に押されて、まったく見向きもされない時代から、読売はプロ野球に投資してきた。しかし、テレビによる影響はあまりにも大きかった。

 少年だった私も巨人の選手を覚え、野球仲間と巨人が勝った負けたと話をしていた。小学3年の冬だったと思うが、私は突然「これはおかしい」と気づいた。V9も終わっては見えていたものの、やはり巨人は強かったが、1チームだけをみんなが応援しているのは、テレビのせいだと。

 それで阪神ファンになることを決心し、テレビの独占により子供をだまして人気球団にする巨人が強すぎるのはズルいと、「悪党」巨人の負けを願うようになった。しかし、巨人はずっと強く、私がどんなに田淵や掛布やラインバックを応援しても、阪神はちっとも勝たなかった。

 クラスの友達は、頭がおかしいんじゃないかという目で私を見た。

 あいつは巨人ファンやめたらしいよ。へんなの。なんで?……小学生の感覚ではそんなところだったのだろう。私は、和を乱すへんなヤツという扱いを受けた。「同調圧力」に屈することなく、「テレビでやっているからって応援するほうがへんだ」と言ってみたものの、仲間になってくれるのは少数だった。

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