相談に乗ってもらっていた友人にはメールで報告した。
「聖子も最初は納得できないかもしれないけれど、少人数のなかで個別の指導を受けた方が、将来的にプラスになるかなと思って」
戸惑う自分自身も納得させようとしていた。
佐藤先生は、6年生の普通学級の担任になった。美術と音楽の時間は、あさがお学級と普通学級が合同授業になるので、聖子の指導にあたってくれるという。
ふだん、あさがお学級で指導してくれる担任の先生はどんな人なのだろうか。
半月後の始業式。期待と不安が入り交じった気持ちで、聖子と一緒に学校へ向かうと、浅黒い顔に黒縁めがねをかけた男の先生が教室の前で出迎えてくれた。
「おはようございます。担任の高木です」
口数は少ないが、40を少し超え、落ち着いているベテランの先生に見えた。
モデルクラス、モデルクラス、モデルクラス――。
耳にたこができるほど聞かされていた私はそう心に言い聞かせた。
「よろしくお願いします」
聖子の背中をそっと押した。
「いったい、高木先生はどういうポリシーなの?」
学校では爛漫の桜が風に舞っていた。
市長も新しい学校の船出を広報誌のコラムにつづった。
「子どもたちと地域住民に愛着を持ってもらえる学校が完成しました。各階にオープンスペースを設けて、異学年交流やさまざまな学習形態に対応できるようにしています。成長過程に合わせた校舎です」
ところが、市長が誇る美しい校舎の内側は、発足直後からきしみ始めていた。
高木先生は「校外学習」と言って、子どもたちを頻繁に外に連れ出すばかり。教室での授業には関心がないようで、宿題もあまり出なかった。
「いったい、高木先生はどういうポリシーなの? 理解できないわ」
教育熱心な保護者から不満の声が上がり、ゴールデンウィーク明けに角田教頭を交えた臨時の保護者会が開かれた。
私も高木先生にいい印象は持てずにいた。
連休前の家庭訪問のときのことだ。
「聖子ちゃん、女の子の方はまだですか?」
ソファに座るなり尋ねてきたのだ。ほかの女子児童の名前を挙げて、「出るところは出ているし、引っ込むところは引っ込んでいるし、とても小学生とは思えない体つきをしていますね」と唐突に言われたこともあった。
それでも、臨時保護者会では、みんなの意見を黙って聞くだけで、帰り際に「先生方もいろいろと大変ですよね」と高木先生に声をかけた。新しい学校で摩擦を起こさずに、聖子に落ち着いた学校生活を送らせたい。そんな気持ちの方が強かった。
ところが、6月下旬の金曜日。梅雨の晴れ間が広がり、娘たちがプールセットを持って学校に出かけた日の出来事だった。
聖子と一緒に学校から帰ってきた千春が口火を切った。
「きょう、お姉ちゃんが学校で高木先生にたたかれたんだよ」
「どうしたの?」
聖子は目を伏せながらつぶやいた。
「プールの時、高木先生に2回頭をたたかれた」
「何か悪いことをしたの?」
「してないよ」
そんな、理由もなく学校の先生がたたくなんてことがあるかしら。