摂食障害、アルコール依存症に苦しむ妻を20年近く介護し続けてきた、朝日新聞記者の永田豊隆氏。その体験を克明に綴った朝日新聞デジタルの連載は100万PV超の大きな反響を呼び、2022年4月に『妻はサバイバー』(朝日新聞出版)として書籍化された。
ここでは同書から一部を抜粋し、摂食障害に苦しむ永田氏の妻(当時34歳)が精神科病院に入院するまでの経緯や、彼女を支える永田氏がどのような苦悩を抱えていたのかを紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)
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妻の話に出てくるようになった「あの男」の存在
それは、人の心が壊れていく過程を見せられるようだった。
私が帰宅すると、妻はデスクライトだけをともした暗い部屋にいた。
目に涙を浮かべ、「衝動的に自殺しそうで怖いから、預かってほしい」。そう言って、手にしたカッターナイフを差し出した。
妻の話に「あの男」という言葉が出てくるようになった。外に出ると、「歩いている人の顔が、あの男に見える」とおびえた。しかし、独りで家にいると男が現れそうな気がして、ベランダから飛び降りたくなるという。
唯一の癒やしだった過食嘔吐も気持ちを静めてくれない。「怖い、怖い、どうしようもなく怖い」と震えた。
妻が初めて、「精神科か心療内科を受診する」と言った。
ただし、条件が2つ。1つは、彼女に代わって私が医師に経緯を説明すること。もう1つは、幼少期の暴力被害と摂食障害については内緒にすること。「今は死なないことで精いっぱいだから」と言った。
妻はなぜ、このようになってしまったのか。
2007年4月21日、大阪・梅田の繁華街。ビルの谷間のベンチに座り、妻が突然、涙を流し始めた。
「あなたに大変な罪を犯してしまった」。語ったのは、耳を疑うような話だった。