1軍選手が声援をスルーする理由
ファンが入場料やグッズ代を払ってくださるから球団にお金が入り、自分たちは生きていける。巨人の選手はそう教えられ、常にその思いを持っているはずです。
僕のいたファームにはとくに熱心なファンの方が多かったです。何十回、何百回と来られる方の顔は自然と覚えていきます。「あの人は○○選手のファンやな」と認識して、ロッカールームで「あの人が来てるから、早く行ってサインしてあげたら?」と選手間で話すこともよくありました。
スタンドからの声も、選手にはよく聞こえています。自分の名前入りタオルを持っている人もグラウンドからよく見えますし、「やってやろう」とうれしくなります。逆に耳にしたくないイヤな言葉も聞こえてきますが、僕は「こういう人だって入場料を払って見に来てくれているんだ」と考えていました。「イヤなファン」とは言いたくなかったのです。
ただし、これらはすべてファームでの話です。1軍になると、規模が違い過ぎるので対応に違いが出てきます。
スタンドから声を掛けているのに、選手からスルーされて「お高く止まってるんじゃないよ」と思った方もいるでしょう。でも、1軍の試合は万単位のお客さんで埋め尽くされます。1人に応じてしまうと、また1人、また1人……と際限がなくなってしまいます。
選手としては「できれば1人1人に応えたい」という思いがあるはずですし、ファンへの感謝の思いは絶えず持っているはずです。
一流のプロ意識を感じた“鼻毛事件”
キャプテンの坂本勇人さんが故障でファームに降りてこられた時、こんなことがありました。僕を含めケガ人10人くらいでランニングメニューをこなしていたのですが、坂本さんが鍬原拓也にこう指摘しました。
「お前ドライチなんやろ。ケガしてるのは俺もそうやから言えへんけど、身だしなみはきちんとしろ。これだけ伝統あるチームで、ファンに見られているなかで、鼻毛が出てるってどういうこと? テレビカメラに顔をアップにされて、鼻毛が出てたらお前のファンはどう思うねん。今すぐ抜け!」
鍬原の名誉のためにも断っておきますが、鼻毛はそこまで大胆に露出していたわけではありませんでした。それでも坂本さんは目ざとく見つけ、指摘できる。そこにファンへの思いと、一流選手ならではの「見られている」プロ意識を感じずにはいられませんでした。
巨人でファンサービスに熱心だったのは、小林誠司さん、松原聖弥さん、増田陸、湯浅大といった選手が思い浮かびます。小林さんのように社会人まで経験していたり、松原さんのように育成選手から這い上がったりと、下積みで苦労している人はとくにファンを大事にしているイメージがあります。
陽気な人ほど「神対応」と評される傾向がありますが、なかには吉川尚輝さんのようにファンへの思いを秘めながら表に出せない選手もいます。ファンからすると「この選手、全然しゃべってくれないな」と不満に感じるかもしれませんが、ただシャイなだけなのです。
坂本さんをはじめ超一流の人間を見てきた経験は、ユニホームを脱いだ今も生きています。超一流のマインドは、野球の世界でなくとも通ずるものがあると痛感するからです。
仕事中に判断を迫られた時、僕の頭のなかでいつもこんな思いが駆け巡ります。
「坂本さんならどう対応する? 菅野さんならどう言う? 誠司さんならどうやって切り抜ける?」
今は郷里の京都でマンツーマンの野球指導をしながら、起業に向けて準備をしています。素晴らしい人たちとかかわれた経験は僕にとって一生の宝物になるはずです。
そして、応援してくださったファンの方々に「野球選手としてはダメだったけど、小山を応援してよかった」と思ってもらえる人間になれるよう、これからも精進していきます。
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