8連敗? 借金5? 開幕からの9連敗を思えば、そんなもん、屁でもない
反面、2年目の佐藤輝明に関しては、得点圏打率の低さなどを指摘する声はあったものの、まだ若手の範疇にあったというか、比較的温かな眼差しを注がれていたように思える。
だが、勝負どころの8月での連敗によって、ついに佐藤にも刺々しい怒りの眼差しが向けられるようになった。
これには仕方のない部分もある。というのも、3人、特に大山が離脱してからの佐藤の成績は、ほとんど壊滅的といっていいレベルにあったからである。
大山が抜けたのは8月5日のカープ3連戦から。2勝1敗で勝ち越したこのカード、まだ佐藤は踏ん張っていた。ヒットこそ3試合で1本しかなかったものの、打点は4。合格点とまではいかないにしても、4番として及第点はつけられる結果だった。
ところが、ジワジワと主力不在の毒が蓄積してしまったのか、続くベイスターズ戦、ドラゴンズ戦での佐藤は完全に活動を停止した。20打数1安打。打点ゼロ。あくまで推測なのだが、おそらくはファンの怒りの矛先が自分に向けられつつあることを、本人も自覚していたのだろう。凡打の後、あるいは敗戦の後にベンチで見せる彼の表情は、入団以来、見たことがないほどに精気、覇気がなかった。傷ついているのに傷ついていないというポーズを取る若者によく見られる、能面のような冷たさだけが目についた。
それでも、彼は踏みとどまった。
7連敗目となったヤクルト3連戦の初戦では、4打数2安打。8連敗目となった2戦目は4打数1安打ながら2点本塁打を放ち、8試合ぶりの打点もあげる。そして、連敗を止めることになった3戦目では、5打数1安打ながら2打点をあげて勝利に貢献した。
つまり、大山が抜けたことでどん底に陥ったと見ることもできる佐藤は、大山が戻ってくる前に、明らかに復調の手応えを掴んでいた。
そして迎えた東京ドームでの伝統の一戦。戻ってきた大山のバットに当たりはなかった。それでも、手応えを掴みつつあった佐藤からすれば、大山が後ろにいる、それだけで十分だったのかもしれない。大山の不在中、打率1割4分2厘だった男は、東京ドームで11打数4安打、6打点と十分に4番の働きを見せてくれた。
ファンからの圧力をダイレクトに受けることになった8連敗は、佐藤にとって、プロ入り後もっとも大きな試練だったとわたしは見る。佐藤にとっては決して愉快ではない、しかし、いずれは必ず乗り越えなければならない試練だった。田淵や掛布や岡田や金本が直面し、克服してきた、虎の4番の試練だった。
コロナのおかげで、8連敗のおかげで、佐藤はそれをプロ入り1年半で経験し、乗り越えることができた。これからの彼は、きっと、これまでの彼とは違う。8月19日、先制打を放ち、あわやホームランというダメ押しの三塁打を打った日、わたしはそう信じた。あとで佐藤自身が振り返ったとき、人生のターニングポイントとしてあげる一戦になる、とも思った。大山に当たりが戻らなかった、それでも勝ったあの試合は、サトテル一人が打った、サトテル一人で勝ったといってもいい試合だったからである。
この原稿を書いている8月23日現在、その予感は、思いは、まだ裏切られていない。
考えてみれば、開幕からの9連敗がなければ、阪神の選手たちは8月の8連敗でポッキリと折れてしまっていたかもしれない。あの悪夢があって、そこから立ち直り、貯金をした経験と自信があったからこそ、彼らは踏みとどまり、逆襲に転じることができた。8連敗? 借金5? 開幕からの9連敗や、借金が16にまで膨れ上がったことを思えば、そんなもん、屁でもない。
アドラー心理学、万歳。
唯一不安というか、我ながら少しひっかかってしまうのは、起きてしまった出来事すべてを肯定的に捉えようとするこの考え方に基づくと、残り試合が30を切った段階で首位に9ゲーム差をつけられている阪神が、それでも優勝してしまうとしか思えないところである。
まさか。いやいや、ひょっとすると。
まあ、いい。仮に、万が一、ペナントに届かなかったとしても、日本一への道は閉ざされたわけではない。8年前、2位で進んだ日本シリーズは実に味気ないというか、やっぱり優勝していかないとダメだと痛感させられたものだが、勝っていたら、わたしの感じ方もまた違ったのかもしれない。
8月19日がサトテル記念日だとしたら、翌20日は藤浪記念日になった。才木もいいし、下からは森木も上がってくる。迎え撃つ側からしたら、この投手陣の充実ぶりはとんでもない脅威に感じられることだろう。
加えて、一皮剥けた佐藤がいる。調子を取り戻しつつある大山もいる。近本も帰ってきた。
いかんぞ、いよいよ日本一になる気しかしないぞ。
こうなったら、過去に拘泥するのではなく、未来のために祈ろう。それなら、アドラー先生の教えにも反すまい。
コロナ、もう来るなよ。
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