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――ミミ子とハナ子が自分たちの出産までの苦労話を聞きたがるのは面白いですね。

山野 それは幼い時からそうです。自分たちが死にそうになった話や、親が苦労した話を聞くのがなぜか大好きでした。2~3歳から始まり、成長段階に合わせて繰り返し話したと思います。自分たちがどのようにして生まれたか、その時親がどう悪戦苦闘したのか興味があるようです。

 我が家ではコウノトリが赤ちゃんを運んでくるといった、後に修正しなければならないファンタジーはほとんど語らず、その時点で理解できる言葉で本当のことを伝えるようにしています。ただ当人達は記憶がないので、いつのまにか物語や他の子の話だと思って聞いてるフシもありました(笑)。

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――漫画を描くうえで苦労した点を教えてください。

山野 手術のシーンや器具とかですね。実際私は手術室に入ってないし見ていないので、後から嫁に聞いて想像するだけです。漫画に描くのでちょっと写真撮らして下さいとか言えませんからね。後で似たような手術の画像や、医療機器メーカーのサイトを参考にして描きました。正直正確性に欠ける部分はあると思います。

漫画の完結を待たずに双子は成長

――描くうえで楽しかった点は?

山野 読者の方から、双子の手が関節の無いタコのように、くねくねと伸びたりしなったりしてるのがなんだか気持ちいいと言っていただいたのですが、確かにこれを描いている時はのびのびした気持ちだったかもと思いました。あと、普通育児や出産を題材にした漫画は、フレッシュさが信条というか、作者がほぼリアルタイムで描いてると思うのですが、私は呆れる程遅筆で、のろのろ描いている間に双子は漫画を置き去りにしてみるみる成長していきます。

 

 まだ字も読めず、描かれてるのが自分達だとわからなかったのが、ラフスケッチを読みケラケラ笑うようになり、今はページ10円のバイト料で、原稿に消しゴムかけをしております。内容も含めて家内制手工業ですね(笑)。

――この作品の読み所を教えてください。

山野 出産本のような情報はなく、かかった病気も特殊なもので、ハウツー本のように、誰にでもすぐに役立つようなものではないのですが、おかしな境遇に陥ったからこそ見えてくる物、世界があり、それがこの352ページとかなり厚めな本にチマチマと描き記してありますので、気軽な読み物として手に取っていただければ大変にありがたいです!

――妊娠中から、いずれ漫画にしようと思ってたんですか?

山野 妊娠が分かった当初から、事の展開になんだか尋常でないものを感じて、この経験をいずれ漫画に描くという予感みたいなものはありました。あと、経過が必ずしもいいものではない可能性があったので、その時のためにもメモはとっておこうと思いました。

――かつての山野一の漫画とは作風が変わったという意見もありますが……。

山野 変わりました。ガロで漫画を描き始めた頃の自分に、おまえ40年後に育児漫画を描いてるからと教えてやったら驚くでしょうね(笑)。当時のような漫画をもう描きたくないかと言われればそんなこともないのです。もう還暦を超えましたが、機会があれば挑戦したいです(笑)。ただ、読者や編集者や相手がある事なので、需要の低そうなものを勝手に描いても出版物として成立しないです。クリアしなくちゃならない倫理というかポリコレのハードルも、昔よりかなり上がってますし。

 あと、思うのは、20歳の人がその40年後も変わらずにいるということは無く、とても酷い漫画を描いた人の全人格が、その漫画そのものだという事もありません。普通に親孝行だったりおばけが怖かったり茶碗蒸しが好物だったりと、必ず異なる側面があります。いろんな事情やなんかのはずみに、違う傾向の漫画を描き始めることもあるかと思います(笑)。

――今後の活動の予定を教えてください。

山野 Kindleで出してる『そせじ』の続きを描きます。あと、ねこぢるy名義のゾンビ漫画もこっそり描いております。

山野一(やまの・はじめ)

1961年生まれ。立教大学文学部卒。1983年山野一名義でガロデビュー。『貧困魔境伝ヒヤパカ』『混沌大陸パンゲア』『四丁目の夕日』等異色の単行本を発刊。1990年当時の伴侶ねこぢるのデビュー後は、裏方として制作に参加。1998年ねこぢる他界後はねこぢるy名義で『ねこぢるyうどん』『おばけアパート・前編』等を執筆。2006年再婚、2008年双子出生。

大難産

山野 一

文藝春秋

2022年9月8日 発売