ホークスの「ジョーカー」といえば、12年目野手の牧原大成のニックネームとして浸透している。
藤本博史監督が名付け親で、最初の頃はマスコミ向けのリップサービスのような感じだったが、いつしか本人にも直接「頼むぞ、ジョーカー」と声をかけるようになった。牧原大も気に入ったようで、5月にはヒーローインタビューのお立ち台で「byジョーカー」と自ら発信。これを機にファンへの認知度も一気に高まった。
トランプの中に含まれる特別なカードであるジョーカー。役割は非常に多様で、ゲームによっては最も重要な万能カードとして重宝される。すなわち、手札にジョーカーを持つことが勝利への近道となるというわけだ。
多彩な役割を淡々とこなす「投手版ジョーカー」
そして今シーズンも後半戦に入った頃、ホークスにはもう1人「投手版ジョーカー」も誕生した。
8年目右腕の松本裕樹のことだ。
今季は開幕ローテをほぼ手中にしながら、針治療でのアクシデントがあり出遅れた。6月終了時点では14試合登板、2勝0敗をマークしていたものの0ホールドで、防御率も3.22と突出した成績ではなかった。
潮目が変わったのは7月以降だ。印象的だったのが7月8日の日本ハム戦(PayPayドーム)。2-2で同点の9回表に当初マウンドに上がったのは又吉克樹だったが、先頭打者の一、二塁間の打球で一塁ベースカバーに向かおうとした際に右足を負傷(その後骨折が判明)。無死一塁の場面からスクランブル登板したのが松本だった。
2死満塁とピンチを作ってしまったが、最後は野村佑希をオール直球で3球三振に仕留めた。前日の楽天戦(楽天生命パーク)は4回途中からのリリーフで2回無失点。つまり、この日は移動ゲームという悪条件も重なった中での連投で、しかも緊急リリーフながら好結果を残してみせたのだ。また、この登板で今季初ホールドを記録した。
すると藤本監督の口から「松本は(イニングの)後ろの方で考えている」「松本は勝ちパターンのところで」と聞かれるようになり、8回の藤井皓哉から9回のモイネロへとつなぐセットアッパー的な役割を任される試合が増えていった。
だが、それでもやはり「困ったときは松本」と頼りにされ続けている。
たとえば8月5日の楽天戦(PayPayドーム)。1点リードの5回表、先発の杉山一樹は勝利投手の権利目前ながら1死一、二塁とすると、藤本監督は杉山の球数も考慮して思いきって松本を投入した。松本は4番・島内宏明と5番・岡島豪郎の好打順をきっちり打ち取って、今季4勝目の白星をマークした。
「松本には中継ぎで一番しんどいジョーカー的な仕事をしてもらっている」
ときにセットアッパー、ときにロングリリーフ、ときに緊急リリーフ。ジョーカーは、多彩な役割を淡々とこなす。
いつ出番が回ってくるか分からないから、どんな時でも心のスイッチを入れる準備はしておかなくてはならないし、当然肩を何度もつくる。その中で「抑えて当然」の好結果を求められるし、逆にそれだけ準備をしても登板がない試合だってある。
間違いなく、しんどい。なのに、その割に光が当たりにくい。だけど、ちょっと寡黙で生真面目な背番号66は、「それが自分の仕事」と言わんばかりに黙々と投げる。