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2018/01/01

日本には表情豊かな景色が広がっている

望月 ひと筆書きの挑戦をして日本の山に対するイメージは変わった?

田中 日本は一生かけても行き尽くせない広い国だと思うようになりました。でも今の日本は都会ばかりに情報が集約されている。都市部に生活しているのは一億二千万人のうち半分くらいで、あとの人たちは田舎に暮らしている。山の周辺を歩いていると「こんなところにも家があるんだ」という土地に昔からの集落があったりする。実際に日本中を歩くと、メディアやネットを通して知る世界や得る情報がすべてではないということを実感しました。

ひと筆書の最中に滝壺にドボン! 素の表情だ ©田中陽希

望月 僕の地元の静岡市井川地区もそうだけれど、地方に住む人は「このあたりは田舎で何もないよ」というけど、そうじゃないよね。

田中 何もない素晴らしさがありますよね。先祖代々の土地があって、田んぼや畑、そして山があり、そこに暮らす人たちがいる。人口が減っていく日本では、そういうことをもっと大切にしていきたいなと思います。

 そもそも山は、山頂という「点」と登山道という「線」だけではなく、「面」で理解しなければわかりません。裾野があり、谷や尾根につながって、沢の流れを超えて、ようやく山頂まで辿りつくことができる。麓に住む人、中腹に住む人、山の上で小屋を守るおじさん、すべてが山の恩恵を受けて山と生活を共にしているんです。でも他の土地から来た人にしてみれば、登山口から山頂までが山という感覚になりがちです。夜中に車で登山口までやってきて、翌朝ささっと頂上まで登り、その山を知ったと思ってしまうのはもったいない気がします。

望月 僕にも山の新しい面を発見したいという気持ちがあります。頂上に登ったり、登る速さを競うだけではなく、また単純に頂上からの景色を見るだけでもなく、山で会う人と話をして聞くことだとか、下りたらどんな町が広がっているのかなとか想像するのがいまはすごく楽しくて。

田中 すごくわかります。でも僕らのような挑戦をしていると、よく誤解されませんか? 登るのは速いほうがいい、百名山は完全制覇したほうがいい、と。

TJAR序盤の難所・剣岳に挑む望月さん ©藤巻 翔

望月 そうだね。でも、僕自身は山という舞台で気象の変化などに上手く対応しながら、経験を積んでいくことを一番に意識しています。「速さ」はたいしたことじゃない。速く登ろうがゆっくり登ろうがどちらでもよくて、そのプロセスでの体験を積み重ねていくことが自分にとっては大事です。日本にもまだまだ登ったことがない山がたくさんあるから、夢は広がるなあ。これまで南アルプスが中心だったけれど、陽希君の話を聞いているともっと出かけたくなります。

田中 でも、望月さんがすごい記録を出してしまったから、そのうちTJARも日本海から太平洋まで往復なんて話になったりしませんかね(笑)。

望月 それは想像つかないね(笑)。でも逆コース、つまり太平洋・静岡をスタートにして欲しいという声は聞きます。それだと疲労でヘトヘトになった最終盤で、滑落の危険がある剣岳に登ることになるから難しいかも。でも、僕はTJARというひとつのレースの枠におさまりきらず、陽希君のように新しいチャレンジを考える人がもっともっと出てくればいいと思う。本当はアドベンチャーレースも気になるんだよね

望月 陽希君は自分の「限界」を意識することある?

田中 僕はあまり気にしていませんね。結局、限界というのは自分が引いている線に過ぎず、意識することでその線がゴールになってしまう。所属するイーストウインドのキャプテン田中正人さんは50歳ですが、近くで見ていても全く限界を意識していない。アドベンチャーレースの世界で、50歳でもプロとして第一線で活躍している人は世界中を見渡しても田中さんしかいません。それを近くで見ていると、限界はないな、と。

©藤巻 翔

望月 僕は南アルプスの麓の井川という場所で育って、地元の山で困っている人がいたら助けたいと思うようになりました。それでひたすら山を歩いたり、走ったりしているうちに「山を知りたい」という意欲にも繋がり、運良く消防士になれた。山岳救助隊は自分にぴったりの職業です。

田中 消防士をやめて、プロの冒険家やトレイルランナーになろうと考えたことはないんですか?

望月 いままではなかったな。でも、こうやって陽希君の話を聞いていると、そういう世界にもやっぱりちょっと憧れるよね(笑)。だから、本当はアドベンチャーレースの世界についてももっと知りたいんだけど、なるべく知らないでおこう、と。知ったらその世界に気持ちが持っていかれてしまうような気がして怖いんですよ。自分をどこまで高められるか、どこまで成長させられるかと考えたら、新しい世界に足を踏み込みたい衝動に駆られてしまうでしょ? でも、日本にもまだ行ったことのない山があり、見たことのない景色が広がっていて、いろんな人たちもいる。

 TJARはもう正直、地図がなくても進んでしまえるから、自分にとっては「大変」とか「過酷」な挑戦ではないんです。好きな「5」という数字のためにもう一回走るのも話としてはおもしろいけど、400km走りきるモチベーションになるか不安だしね(笑)。でも、頑張っている姿を見たいという人がいてくれるのなら、やらない理由もないかなって。妻や娘も反対しないし、妻には「今さら山に走りに行くのをやめてくれなんて言えない」って言われてますから(笑)。陽希君はご家族が心配したりする?

田中さんが「ひと筆書き」で使った山地図には細かい書き込みが ©藤巻 翔

田中 僕の場合も両親は「未開の地に行って連絡の取れなくなるアドベンチャーレースに比べたら、日本は電話も繋がるし、大丈夫でしょ」という感じです。僕は大学を卒業して、アドベンチャーレースの世界に進みたいと父親に言ったとき「わかった、俺がスポンサーになればいいんだな」と言ってくれたくらいですから。両親の理解はすごく大きいですね。

望月 太っ腹だ!

田中 田中 そういえば、ひと筆書きに関してはこんなエピソードもあるんです。最初の頃、テレビで写っていないところは車で移動していると勘違いしていた人もいたんですよ。いろいろな場所で「本当に歩いているんですね!」と言われたりしました(苦笑)。