「その研究はどのように役立つのか?」という質問に対し、最近では堂々と「特に役立ちません」とキッパリ答えるのが年間入場者数300万人超えの大人気水族館「沖縄美ら海水族館」だ。

 なぜ「役に立たない研究」に誇りを持つことができるのか? 同施設の知られざる日常と非日常を綴った一冊『沖縄美ら海水族館はなぜ役に立たない研究をするのか? サメ博士たちの好奇心まみれな毎日』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)

美ら海水族館の哲学に迫る(写真提供:(一財)沖縄美ら島財団)

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美ら海の研究は本当に役に立たないのか?

 本著『沖縄美ら海水族館はなぜ役に立たない研究をするのか?』は、正直言って我々にとってかなり挑戦的なタイトルだ。私たちはよく取材やインタビューを受けることがあるが、いつも決まって「その研究はどのように役立つのか?」と聞かれる。

 以前は、「将来の研究や保全の基礎になる」とか、「何か有用な物質の発見につながるかもしれない」など、ありふれた理屈をつけて答えていたが、最近では堂々と「特に役立ちません」とキッパリ答えることもある。おそらく、このような経験は、多くの動物学者の方々に共通していると思う。役に立たない研究は、実は広く世界で行われている。他の研究者の例を挙げると失礼なので個別の事例は述べないが、本当に“どうでもよいこと”を真剣に追求した学術的価値の高い、珠玉の研究論文は無数に存在する(その場合は学術の発展に役立っていると言える)。

 私たちのサメの研究は、産業に変革をもたらす可能性がゼロに近いと断言できる。本書で冨田さんが書いている「サメやエイの眼がどれだけ引っ込むか?」などの研究は、役に立たない研究の極みで、“誰も気づかなかった不思議を見つけた快感”を得られるだけの逸品だ。

 一方で、松本さんのジンベエザメの生態研究や、水族館でのサメ人工子宮の研究などは、保全生物学などの分野で役に立つ可能性を大いに秘めている。しかし、そうであっても産業界に何か大きな貢献をすることはないだろう。その観点において、我々の研究は“役に立たない”し、お金になるものでもない。