水族館の入場料が、動物園よりも高く設定されているのには深いワケがあった。水族館を運営し続けるために必要なものとは?
同施設の知られざる日常と非日常を綴った一冊『沖縄美ら海水族館はなぜ役に立たない研究をするのか? サメ博士たちの好奇心まみれな毎日』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
◆◆◆
新型コロナの功罪
日本国内で新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた2020年の春、政府の緊急事態宣言を受け、沖縄美ら海水族館をはじめとする全国の動物園水族館は一斉に休業に追い込まれた。世の中では、不要不急の外出自粛が求められ、店舗や公共施設も閉鎖された。全世界を恐怖と混乱に陥れたウイルスによって、人と人とのつながりは断ち切られ、結果として社会的に弱い立場にいる人々を孤立させてしまった。
国連の持続可能な17の目標SDGsは、2030年までにこれらの目標を達成することを目指しているが、コロナ禍はむしろ社会の格差を助長してしまったのではないだろうか。世界は、“誰一人取り残さない社会”を目指していたはずだったのに、自国中心主義や、自由を楯に自己中心主義的な振る舞いが目立つようになってしまったことは、たいへん残念だ。私たちは、こんな時だからこそ、市民が自らの意思で協力し合い、より希望の持てる社会を創っていくため、水族館ができることを幅広い視野で考えたいと思っている。
新型コロナウイルスの感染拡大のために最初の緊急事態宣言(2020年2月)が出され、日本では戦後初めての外出自粛要請という事態を経験した。沖縄美ら海水族館も臨時休館となった。水族館の対外活動が停止して間もなくして、水族館に1通のメッセージが届いた。
沖縄県立南部医療センター・こども医療センターに入院する仲里暦(なかざと・こよみ)くん(当時5歳)が、「オオグソクムシに触ってみたい」と希望しているというものだった。元々、沖縄美ら海水族館では、沖縄県内の医療施設や福祉施設を対象として、生物を直に観察できる移動水族館を年間30回程度行ってきた。しかし、当時の状況では病院を訪問することもままならず、もちろん移動水族館も訪問できるワケがない。
そんな折に、水族館の教育普及担当の職員である横山季代子さんのもとに、暦くんの入院する県立南部医療センター・こども医療センターに勤務するCLS(チャイルドライフ・スペシャリスト)の佐久川夏実さんから、「ぜひとも暦くんの夢を叶えてあげたい。新型コロナの影響で病院に入院する子供たちが社会との接点を失っているので、遠隔で何かできないでしょうか?」と相談を受けたのだった。
早速、横山さんは水族館からオオグソクムシの液浸標本と、深海生物のDVDを病院に向けて発送した。標本の到着にあわせて、深海生物のスタッフが講師役となり、病室に遠隔通信によるライブ映像の配信を行った。後日、「暦くんは常に肌身離さずオオグソクムシの標本を眺め、ベッドで寝るときも一緒に過ごしている」とCLSの佐久川さんがコッソリ教えてくれた。今になって考えれば、この小さな出来事をきっかけに、私たちの“新しい日常”が始まったのだ。