騙す人、騙される人の心理に迫る
「十年前に『鍵のない夢を見る』という短篇集で泥棒、放火、殺人、誘拐などの犯罪を書いた時、詐欺を扱えなかったことが心残りだったんです。今回ようやく題材として向き合えました」
と辻村さんが語る通り、直木賞受賞作の姉妹作ともいえる中篇集だ。詐欺をテーマにした三作が並ぶ。一話目「2020年のロマンス詐欺」はステイ・ホームが叫ばれた頃に構想された。
「日本中が初めて経験する社会状況で、誰かの不安や欲求が爆発したような犯罪が多発し、詐欺被害も増加していると報じられていました」
大学入学に期待を膨らませて上京するも、コロナ禍で休校、友達の一人もできない無為な生活を送る耀太。山形で定食屋を営む両親にやんわり止められ帰省もできない。孤独に耐え兼ね、架空のプロフィールを使って出会った相手とメッセージをやり取りするバイトを始める。それが相手から金を引き出す詐欺への加担だと知った時には、もう引き返せなくなっていて……。
「作中に〈“夢”を見たい〉という言葉がありますが、書きながら、詐欺とは人間の願望や不安を巧妙に組み込む犯罪なのだと気づきました。そうしたら、違う角度からも詐欺事件をもっと書いてみたくなって」
息子の中学受験で裏口入学を示唆された母親の、夫にも隠していた後ろめたさが一本の電話で引きずり出される「五年目の受験詐欺」。人気漫画の原作者が開くサロンに熱心なファンが集うが、あるニュースにより主宰者が苦境に追い込まれる「あの人のサロン詐欺」。どちらの詐欺も、現実に起こりそうな手法、金額設定が絶妙だ。
「自分も騙されそうな、今を反映した手口を考えていく過程で、私自身、こんな状況下になったらどうするだろう、と追いつめられる感覚がありました。サロン詐欺は、もしも自分の名前を騙ったサロンや講演会があったら好奇心から参加してしまいそう。少しの憧れや願いから嘘が積み上がり、崩れる瞬間が描きたかったんです」